十三のいま昔を歩こう

梅田の街と十三(じゅうそう)の町を中心に、大阪の近代史を歩く歴史ブログです。

2008年

02月11日

(月曜日)

歓楽街になる直前

十三が歓楽街になる直前、昭和39年頃。

十三が一番活気があったのは、昭和40年代だそうです。昭和39年に東京オリンピックがあり、大阪では新幹線の開通にともなう新大阪駅の開業や昭和45年の万国博覧会開催など、街が急速に発展していきます。映画館と飲食店が集まる十三の町は、しだいに歓楽街に変わっていきました。

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昭和40年代、千里の万国博覧会や千里ニュータウンの開発に携わっていた工事関係者が、仕事の後にこぞって十三にやってきました。当時、北大阪の繁華街は十三しかありませんでした。昭和30年代、十三にはじめてキャバレーができます。「ふうりゅう」という名前です。その後、映画が衰退していき、7つもあった映画館が徐々になくなっていきます。十三の町はネオンきらきらのキャバレーの街、夜の歓楽街に変わっていくのです。昭和46年、藤田まことさんの「十三の夜」が全国的にヒットし、一気に知名度があがりました。と同時に夜の街十三のイメージも定着してしまったのです。

ちなみに、曲のサビの部分 ♪ねえちゃん〜 ねえちゃん〜 十〜三〜の〜 ねえちゃん〜♪ が印象的なので曲のタイトルを「十三のねえちゃん」と間違えて覚えてる方が多いと思いますが、正しくは「十三の夜」です。実は私も間違っていたし、この曲、覚えていないんですよね〜。生まれてたんですけど…。


39_01_20080211132501.jpg
「大阪市の100年」より
昭和39年頃の中津から見た十三方面の写真です。季節は子供の格好から9月〜10月頃でしょうか。この季節はハゼがよく釣れます。手前の水面が汚れています。この頃から淀川は徐々に汚れていきます。昭和40年代〜昭和50年代は公害問題が起こりました。私たちが子供の頃の淀川は汚いイメージがあります。ヘドロが溜まり匂いもくさかったです。「ゴジラ対ヘドラ」を十三商店街の映画館で見たのもこの頃です。

39_02.jpg
十三の町並みです。まだ、ホテル街ではありません。コーポなどの高い建物も無く、大阪瓦斯のタンクと武田薬品の看板がどこからでも見えていたのでしょう。タンクはいつ頃なくなったのでしょうか。

P1020755.jpg
現在の十三の街は、古いホテルが壊され、ホテルの数が減ってきました。逆にマンションが増えてきたように思います。十三周辺は住むにはいい場所なんですよ。同級生たちも結構残っています。私も離れていましたが戻ってきました。


(追記)
osakagas.jpg
「明日をひらくまち淀川区」より
このタンクが町のどこからでも見えていたように記憶しています。かっこよくないですが昭和30年〜60年代のランドマークでした。


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コメント

ナポレオンの帽子

このころでしょうか ナポレオンの帽子を落札したアルサロが話題になったのは・・
なんと言う店だったか覚えていないですが TVのCMをしていました
そうそう 大統領でした

武田のうろこマーク 生駒のてっぺんからも見えるといわれていました

ふうりゅう キャバレーではなくて アルサロといわれていたとおもいますが

ガスタンク

神崎川供給所の円柱状タンクがなくなったのは昭和62年〜平成元年の間だったと思います。
小学生時代、教室から外を見ると山陽新幹線の高架のむこう側に見えていた事を思い出しました。
平成2年にはすでに無かった事を覚えています。

武田の看板は研究所が移転すると残念ながら無くなってしまう可能性が高いです。

ハゼ釣り

淀川でハゼ釣りをしたことありますよ。
今から30年ほど前に話しになりますけど。

確かにあの頃は川は臭いものだと思ってましたね。
その頃から比べると今はかなりきれいな川に戻ったと思います。

ふうりゅう

TOSSY様

ふうりゅう はアルサロでした。アド街ック天国の記事によると昭和28年開業になってました。間違いだらけです…。ナポレオンの帽子は懐かしいですね。コマーシャルがあったとは知りませんでした。

「十三の夜」は最近聞いたんです。やはり覚えていないんですが、3番の歌詞がちょっと気になりました。

♪  園田離れて 神埼過ぎりゃ 恋の花咲く 
十三よやがていつかは結ばれる
娘ちゃん 娘ちゃん 十三の娘ちゃん
モスリン橋を 今日は二人で 渡ろうよ ♪

モスリン橋にひびいたのです…(笑)
でも、「十三の夜」は名曲ですね。
十三が一番輝いていた時代の曲だと思いました。

ガスタンク

うろこ様

ガスタンクがなくなったのはその辺りですか。ありがとうございます。私がちょうど地元を離れようとしていた時期です。何年か経って、気がついたらなくなっていたのです。あれ?って感じでした。

武田薬品の研究所が移転ですか?
まったく知りませんでしたが、看板はそのまま残しておいてほしいものです。十三の顔ですからね…

うろこ様も地元の方ですね。
これからもよろしくお願いします。

ハゼ釣り

きっちい様

淀川はきれいになりましたね。
シジミとかもよく採れて美味しいみたいです。
ただ、子供の頃の汚れた淀川を知っているので
食べるにはちょっと抵抗があります…

ハゼは今でもよく釣れます。
時間帯がよければ、10匹釣るのに30分ほどしかかかりません。
子供でも簡単に釣れますよ。
秋になったらよく行きます。

私は鉄道以外にも船が大好きで、趣味でその分野(特に機関)の本をよく読んだのですが、写真に写っている淀川に浮かぶ漁船に興味がひかれました。
現在のようにプラスチック製ではなくて木造船、船首から船尾にかけてとても美しいラインをしています。
琵琶湖でヨットに乗ったりしていましたが、”操船”より水と船と人のいる風景が好きなのだと気づき、今はもっぱらそのような場を求めて出かけます(淡路島の播磨灘側が大好きです)。
淀川は日常生活の中で水辺を味わえるのでいいですね。

私も十数年前に一旦大阪を離れましたが、一年も経たないうちに舞い戻って来て再び淀川区の住民になりました。
これからもず〜っと住みます。

木造船

ゆきひろ様

目のつけどころが私と違うので面白いですね。木製の舟にはまったく目がいきませんでした。淀川は昔から三十石船が多かったから船を造る職人さんも結構いたかもしれません。その末えいの方が造った舟なのでしょうか。今はもうそういう職人さんっていらっしゃらないのでしょうね。確かに美しいシルエットをしています。

ナポレオンの帽子・安西卿子・モスリン橋

ナポレオンの帽子の所有者の娘さんの住んでいた家に、現在ぼくの妹一家が住んでいますよ。
帽子の持ち主とは全く関係はありませんが、場所は十三です。

どこか、やはりTOSSYさんのコメントに(新米読者なので一度見失うとどこか分らなくなります)森進一の働いていたすし屋云々とあったようですが、ぼくが聞いていたのは大鯛寿司でした。

なお、昭和39年より10年ほど前、当時売り出し中の、映画俳優故三橋達也夫人で元東宝女優安西卿子が十三のパン屋さんで働いていたと、同級生の現元今里某クリニック院長のY氏(下記写真)に聞きましたよ。
彼の子息が橋下知事と同じチームで花園出場が決まったとき祝電を打ったのですが、たしか母上のご不幸と重なって、たぶん顰蹙ものだったと思います。
http://picasaweb.google.com/PINBOKE/50/photo#5125257780033809730

園和小6年生と園田中学1−2年生のとき、戸の内地区が同じ校区でしたので、友達はモスリン橋から飛び込んで泳いだと自慢していました。橋の名が珍しい名前なので覚えていました。
名前の由来を最近聞いたようですが・・・

森進一さん・安西卿子さん・モスリン

pinboke_planet様

森進一さんの働いていたのは大鯛寿司ですか。
ちなみに、コメントを書いていただいたのは下記です。
http://atamatote.blog119.fc2.com/blog-entry-79.html

安西卿子さんがパン屋さんで働いていたというのもローカルな情報でいいですね。Y氏はパンを買いにいったのでしょうか。でも、安西卿子さんって知らないです…ゴメンナサイ…。

この間、大阪くらしの今昔館に行きました。モスリン展をしていたからです(18年4月6日まで)。染めのデザインパターンがレトロな感じで面白かったです。

モスリン橋は下記アドレスです。
http://atamatote.blog119.fc2.com/blog-entry-85.html

森進一さん

最近、こちらのブログを見つけ、拝見させていただいております十三の住人です。

森進一さんの働いていたすし屋さんは十三駅東口の「一花」(現存)です。ただし、ごく短い期間で辞めて近所の中華屋さんに転職したそうです。
(その前後に大鯛寿司に勤められていたならごめんなさい)

森進一さん

BAMBOO様

情報ありがとうございます。
いろいろな人がそれぞれ話しをしていくうちに
少しずつ情報がずれていったのかもしれませんね。
森進一さんはやはりスターだったのだと思います。

私が小学校の頃、ゼンジー北京さんの実家が塚本5丁目の塚里市場の角の店だったということは小学校では有名な話でした。当時、テレビに出ている人は、違う世界の人だったんでしょうね。

十三の夜

「十三の夜」

http://www.h7.dion.ne.jp/~casey/juso.html

曲を聴けるサイトを見つけました。
十三のねえちゃんが聴けますよ。

聞きました

藤田まこと 歌うまいですねぇ
この人のお父さんは 俳優でお父さんのお母さんは 明治か大正の3美人の一人だったそうです
「大正美人伝」 森なおみ著だったかな

森進一さんの話題 続いてカキコがあったのですね
おすし屋さんの前は 集団就職で 加島の鉄工所だったと聞きました
その後 十三のすし屋で出前を配達していたと聞きましたね

ナポレオンの帽子の持ち主の遺族の方が十三公園に太陽電池の時計搭を寄贈していますね

http://farm4.static.flickr.com/3136/2565365436_929fd25ef9_o.jpg

十三を発掘したい

TOSSYさん

十三のねえちゃんの歌は昭和46年のヒット曲だそうですが、私は覚えてなかったんです。最近聞いたのですが、ジワジワ歌の良さが伝わってきました。十三の地名を全国区にした曲ですよね。

十三公園の時計は六凌WEBで知っていました。私の教科書です。
http://www.rikuryo.or.jp/kitano/mitearuki/juso2.html

「十三の夜」もナポレオンの帽子も十三が一番活気があった頃ですよね。あの頃の十三の記録を発掘していきたいと思っています。どこかに眠ってるはずです。

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新之介

Author:新之介
塚本と十三で育つ。
196X年生れ。大阪の歴史をわかりやすく伝える方法を研究中。
若い人達にも関心を持ってもらえるように、大阪の近代史を面白く伝えていきます。
目指すは『一分で読める歴史ブログ』。

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