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古市古墳群45基めぐり(4)

2014年08月22日 07:30

蕃所山古墳(F28)、サンド山古墳(F27)、応神天皇陵古墳(F21)、東山古墳(F26)、はざみ山古墳(F29)、野中宮山古墳(F30)

(カシミール3Dで作成した地形図に、近江俊秀氏の「壬申の乱のころの大和・河内の道路網」と日下雅義氏の「6~7世紀ころの摂津・河内・和泉の景観」の図を重ね合わせたものです。)

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改めて古市古墳群の位置関係を地形図で表してみました。

「畿内の大型古墳群の変遷/近つ飛鳥博物館展示ガイドブック」より
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大型古墳の変遷を見ると、纒向、大和、柳本、佐紀、馬見古墳群など奈良盆地で盛んに大型古墳が築かれ出した頃、大和川と石川の合流地点に玉手山古墳群が築かれ、その後古市古墳群、百舌鳥古墳群がほぼ同時期に築かれていきます。

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古市古墳群45基めぐりの4回目は緑のラインです。

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緑部分の拡大。左下のF28から歩きます。

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住宅地の真ん中に現れた古墳。

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「蕃所山(ばんしょやま)古墳(F28)」です。

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まわりが、ぐる〜っとロータリー状になっている。

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グーグルマップで見るとこんな状態。

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昔は田んぼの真ん中にぽつんとあったようですが、宅地開発の時に古墳を中心に区画が計画されました。

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発掘調査はされていないようです。

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もしかするととんでもない副葬品が眠っているかも。

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そのすぐ近くにある「サンド山古墳(F27)」。

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「應神天皇恵我藻伏崗陵倍塚(おうじんてんのう えがのもふしのおかのみささぎ ばいちょう)」。

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コブがふたつある古墳ですが、墳丘の元の形は不明のようです。

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応神天皇陵古墳横の国道170号線を通って行きます。

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左の森は外堤です。この位置だと墳丘がまったく見えない。

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大きすぎて先も見えません。

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ここは「東山古墳(F26)」。

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ブルーシートが見えますね。

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ちょうど発掘調査が行われていました。

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数日後に共同通信からニュースが流れましたが、古墳の規模が特定でき埴輪も11個出土したようです。

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東山古墳から少し離れた所にある「はざみ山古墳(F29)」。

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周濠の一部は埋もれていますが水は豊かです。

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三段に築かれた前方後円墳で、くびれ部に造出しも確認されています。

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土取りにより後円部がかなり削られています。

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道路を隔ててその隣にあるのが「野中宮山古墳(F30)」。

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周濠の半分は水が溜まっています。

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埴輪が多く出土したようで、壺型埴輪のほかに、家、衣蓋(きぬがさ)、盾、囲み、水鳥、鶏、馬、猪形などの形象埴輪が出土したようです。

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この古墳の特徴は、墳丘内に神社と幼稚園があること。元々ここには寺があったようです。

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幼稚園の入口です。園庭は前方部のテラス面になるのかもしれません

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段になっていますが、手前の面は園庭と同じ高さです。

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木々でわかりにくいですが奥に行くほど丘陵部は高くなっています。

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のぼってみましょう。

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ここも前方部です。

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鳥居の向こうは後円部です。

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なんか不思議な感じ。神社なんですけど前方後円墳の後円部にのぼっています。

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野中神社です。

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後円部の中心に社殿はあります。

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社殿の横はこのような傾斜地。結構な高さです。

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本殿の横に階段がありました。

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おりてみます。

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傾斜地の上部は石積みで段が作られています。

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下の方は自然な傾斜地。

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下から見るとこんな状態。傾斜地の補強なのでしょう。

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ここは周濠です。いまは埋め立てられて公園になっていますが、手元にある資料を見ると、1981年の空撮では池になっていました。

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さて、ここは野中地区を通る古市街道。真っ直ぐ行くの誉田八幡宮です。

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ここを右に曲がります。

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いい氛囲気の町並み。

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ここにもかわいい道標があった。

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「すぐ ふじい寺 大坂」
さっきの古市街道とリンクしているようですね。


より大きな地図で 古市古墳群 を表示


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古墳の作り方(ジオラマ) 2014.10.04


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コメント

  1. 通りすがり | URL | dQXbMvTE

    その昔、蕃所山古墳のすぐ近所に住んでいました。もう30年以上も前の事ですが… その頃は「モッコ塚」と呼ばれていて、応神天皇陵を造成した時のモッコ(スコップみたいなもの?)が埋められていると聞いていました。柵などもなく登り放題、掘り放題でした。東山古墳へはよくクワガタを取りにいっていましたし、土器のカケラなんかも拾って帰ってきたりしてました。懐かしいです。

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