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古市古墳群45基めぐり(1)

2014年08月18日 07:30

宮の南塚古墳(F10)、衣縫塚古墳(F9)、允恭天皇陵古墳(F8)、唐櫃山古墳(F11)、鍋塚古墳(F12)、仲姫皇后陵古墳(F13)、八島塚古墳(F16)、中山塚古墳(F15)、助太山古墳(F14)

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古市古墳群45基めぐりの1回目は、赤いラインの部分です。

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それの拡大。

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スタートはこの玉手橋。「玉手山古墳群」を歩いた時の続きです。

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踏切を渡ります。向こうに見えるのは近鉄「道明寺」駅。

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道明寺駅の横を通り、近鉄南大阪線の踏切を渡る。

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近鉄道明寺線にある小さな踏切。向こうには民家が一軒しかないようなのでこの家専用なのかもしれない。踏切の向こうは玄関かな。

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近鉄道明寺線はローカル線っぽくていいですね。

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きた!

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いった!

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この細い道、旧長尾街道です。左側に府道の道路が走っていますが、それが整備される前の旧道です。

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このトンネルも府道が整備された時にできたのでしょう。取って付けたような階段がいい。

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なんだろう。この微妙な感覚。

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「右 道明寺」と刻まれた道標。

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ここは長尾街道と東高野街道が交わる辻。

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ここから東高野街道を行きます。

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国府(こう)八幡神社 。

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境内の横にあるのが「宮の南塚古墳(F10)」です。

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「允恭(いんぎょう)天皇陵古墳(F8)」の陪塚(ばいちょう)のひとつです。

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宮内庁管轄。

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向こうに允恭天皇陵古墳が見えます。

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公園の滑り台からのハイアングル。

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さて、次に向かう衣縫塚(いぬいづか)古墳は、このような新しい住宅地の真ん中にあります。

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公園の横にある「衣縫塚(いぬいづか)古墳(F9)」。

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こちらも允恭天皇陵古墳の陪塚です。

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森のかたまりような「允恭天皇陵古墳(F8)」。

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周濠の一部に水が溜まっている。

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允恭天皇惠我長野北陵(いんぎょうてんのうえがのながののきたのみささぎ)。

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宮内庁管轄。

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允恭天皇は第19代天皇で御父が仁徳天皇です。

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一般的には市野山(いちのやま)古墳とも呼ばれています。

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允恭天皇御陵参拝道の石碑。

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再び長尾街道に入るとこんな地蔵尊が。
なぜガンダムとウルトラマンがいるのだろう。気になる。

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允恭天皇陵古墳の南側から。

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ここに解説板がありました。

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周囲にはたくさんの小規模古墳があったのですね。

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南側から見たところ。

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その横に「唐櫃山(からとやま)古墳(F11)」があります。雑草でよくわかりませんね。

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2001年に発掘調査した時の報告書がありました。関心のある方はどうぞ。
→「唐櫃山古墳」大阪府埋蔵文化財調査報告

(追記)後で調べて気づいたのですが、「世界遺産暫定一覧表記載資産候補提案書(全編版)」の中にこの「唐櫃山」は入っていませんでした。後から追加されたのでしょうか。

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近鉄「土師ノ里(はじのさと)」駅です。

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その駅前にあるのが「鍋塚古墳(F12)」。

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階段があります。のぼれるのがいい。

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方墳のようですね。

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周濠もあったようです。

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のぼってみましょう。

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向こうに見えるのは「仲姫皇后陵古墳(F13)(なかつひめこうごうりょうこふん)」。鍋塚古墳は仲姫皇后陵古墳の陪塚です。

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「土師ノ里」駅の向こうには允恭天皇陵古墳が見えます。

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「仲姫皇后陵古墳(F13)(なかつひめこうごうりょうこふん)」です。でかすぎてカメラにほとんど収まらない。

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柵越しで。

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周壕(しゅうごう)は空濠(からぼり)のようです。

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仲姫皇后陵古墳の近くにある3つの方墳が並んだ三ツ塚古墳に向かいます。

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これが三ツ塚古墳のひとつ、八島塚(やしまづか)古墳(F16)。

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反対側からです。

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真ん中にある「中山塚古墳(F15)」。

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そして「助太山(すけたやま)古墳(F14)」。

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助太山古墳の反対側です。

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ここから大小2基の修羅(しゅら)が出土した事でも有名です。

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3つの古墳は周壕を共有しており、八島塚古墳と中山塚古墳の間から修羅が出土しました。


大きな地図で見る
大型の修羅は近つ飛鳥博物館で、

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小修羅は藤井寺市立図書館で保存・展示されています。

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藤井寺市立図書館にあるジオラマです。このように大きな石を運ぶ時に修羅が使われました。


より大きな地図で 古市古墳群 を表示


【古市古墳群】
世界文化遺産をめざす古市古墳群45基 2014.08.17
古市古墳群45基めぐり(1) 2014.08.18
古市古墳群45基めぐり(2) 2014.08.20
古市古墳群45基めぐり(3) 2014.08.21
古市古墳群45基めぐり(4) 2014.08.22
古市古墳群45基めぐり(5) 2014.08.29
古市古墳群45基めぐり(6) 2014.08.31
古墳の作り方(ジオラマ) 2014.10.04


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コメント

  1. masa | URL | -

    いつも拝見させていただいております。
    貴重な古墳の写真ありがとうございます。
    昔堺に住んでいてもなかなか仁徳陵にはいかなかった、まして古市となると。しかし改めて大阪という土地の奥の深さがわかりました。
    近年の世界遺産にはなんで?という遺産が多く、粗製乱造ですが、この古墳群、特に仁徳・応神陵は世界三大陵墓であり、まさしく世界に紹介すべき日本の最高の遺産です。これを世界遺産にしないなんて。
    大阪でなく、奈良にあればもっと取り上げられ、世界遺産になっていたか、あるいは戦前の大阪であれば、市歌で仁徳天皇をうたっていたくらいだからもっとPRし、世界遺産にしていたかも。
    政府・マスコミのネガティブ情報をひっくり返し、世界に認められるには、大阪を日本最古の歴史都市として世界に知らしめるしかない。古墳群は最大の証人と思います。これからもよろしくお願いします。

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