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五色塚古墳(千壷古墳)

2013年11月28日 06:30

神戸アースダイバー(8)
海の王と五色塚古墳

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明石海峡大橋です。

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向こうに見えるのは淡路島。淡路サービスエリアの大観覧車が見えますね。

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で、振り向くと五色塚古墳が高台の上に見える。
ということで、神戸アースダイバーの8回目は、神戸市垂水区にある五色塚古墳をアースダイビングしてみようと思います。

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JR垂水駅から国道2号線沿いを歩いて約10分強ほど、霞ヶ丘南交差点から鉄道の下をくぐります。線路を越えるトンネルがなかなかなくてかなり遠回りをしてしまった。

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そこからなだらかな坂を上っていきます。
ん?左手のポストの所に気になる階段が。

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どうやらここはスリバチ地形のようになっている。
ただ今回のテーマではないので残念ですが先を急ぎます。

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山陽電車の踏切を越え、線路沿いを行くと

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突然現れました。

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おお〜、美しい。

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ここが史跡 五色塚〈千壺〉古墳です。

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これは敷地内の建物に展示されていた写真。五色塚古墳は明石海峡に面した丘陵にあり、別名千壺古墳とも呼ばれる前方後円墳で、西隣に小壺古墳という円墳があります。この写真はまだ海が埋め立てられる前のものですね。

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このパネルは位置関係がよく分かりますね。

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敷地内ではここで出土した埴輪が展示されていました。
レプリカと記されていなかったので本物なのでしょう。

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これらの埴輪は、平成23年度に国の重要文化財に指定されています。

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さて、上に上ってみましょう。

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古墳の詳しい解説はこちら。1965年から10年掛けて発掘調査と復元整備工事が行われたようです。ちなみに埋葬施設は発掘調査がされなかったようです。

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周囲には丸い石が敷き詰められています。ここは比較的小さい石。

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こっちはちょっと大きめですね。

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規則的に並べられている。

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さて、円墳に上がりましょう。

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当時はこんな階段はなかったのかも。

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上には何があるかというと、

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何もない。ただ周囲に埴輪がずらりと並べられています。

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前方部。真正面は淡路島の中心辺りをむいているのだろうか。

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ぐるっと360度回ってみましょう。

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西側に小壷古墳。

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後ろはこんな感じで開けている。

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東側には鉢伏山が見える。

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当時、古墳全体で約2200本の埴輪がめぐらされていたと想定されています。

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誰が葬られているかはっきりわかっていませんが、4世紀後半に明石海峡エリアを治めていた地方豪族の墓であると考えられています。おそらく当時のヤマト政権との関わりもあったのでしょう。

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小壷古墳はプリンのようなきれいな形をしてますね。

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簡単に入れそうなのですが入っていいのかよくわからなかった。

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こちらも史跡になります。

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造られたのもほぼ五色塚古墳と同じ4世紀後半ごろと推定されています。

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五色塚古墳のまわりをぐるっとまわってみましょうか。周囲はこのように壕に囲まれています。

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埴輪にきれいに並んでいて壮観です。

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手元にある兵庫県史を見ると、日本書紀にこのような一文があります。
「乃(すなわ)ち天皇の為に陵を作るといつわりて、播磨に詣(いた)りて、山陵を赤石に興(た)つ。仍(よつ)て船を編みて、淡路嶋にわたして、その嶋の石を運びて造る。」
この文献に記載されているとおり、葺石には淡路島産の石も多く使われていた様です。

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淡路島にはほとんど古式古墳がみあたらないのだそうです。それは淡路島が古くからヤマト政権の勢力圏にはいり、その管轄地的な性格をもっていたのではないかといわれています。

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この古墳が淡路島に向かって造られているのもそれに関係しているのかもしれません。ヤマト政権にとって明石海峡は重要な海上交通の要衝でした。被葬者はおそらく明石海峡を支配していた海の豪族で、海民の王だったのかもしれない。



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コメント

  1. 義一 | URL | hSCFVYi.

    お久しぶりに書き込ませていただきます。 m(_ _)m

    五色塚古墳からの眺めは、海が、近くて 好きだったんですが・・
    今では 遠くなってしまって 残念でなりません。
    明石海峡大橋は、ともかく ここまで 埋め立てを広げる必要が、あったんでしょうか? 景色の美しかったウェザーリポートも失くなり
    2号線海岸通りの魅力が、劣化した気がしてなりません。

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