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国土地理院の明治前期の低湿地データ

2013年03月08日 01:00

国土地理院が
明治前期の低湿地データを公表


2013年3月7日、国土地理院は「明治前期の低湿地データ」を公表しました。低湿地データとは、液状化などの地震防災対策に役立てるために、明治13年~23年に国が作成した地図を基に、当時の湖沼、水田、湿地など、水に関係する土地の区域を抽出したデータです。
要は、現在の地図に明治時代の川や池、水田などを色分けして重ねて表示することが出来るようになったのです。

このデーターは、住宅、建築関連で利用されるだけでなく、歴史や地形を研究している人達にも大いに利用できるデータになりそうです。私も明治中期に測量された地図を現在の地図に重ねて街歩きをしていますが、それに近い利用が出来そう。川跡や旧海岸線を歩くにはいいツールかもしれませんね。現在は関東地区と関西地区だけしか利用できませんが、今後のエリア拡大に期待したいです。

では、さっそく気になる場所を見てみましょうか。

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これは私が住んでいる塚本・十三・梅田周辺です。中央に流れる川は中津川です。淀川はまだ開削前ですので、塚本と梅田は地続きだった時代ですね。黄色は水田、陸田を表しています。明治の中頃はまだほとんどが水田でした。

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私もよく利用している明治中期に測量された地図です。基本的にこの地図から低湿地エリアを割り出したのだと思いますが、これってすごく労力のかかる作業だったのではないでしょうか。ちなみに、関東エリアは測量年が早かったのですが、関西エリアは明治17年〜23年頃に測量されていますので私は明治中期という言い方にしています。

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大阪城周辺です。上町台地の北端ですね。上町台地とその西側は色がなく、東側に水田が広がっていた事がよくわかります。上町台地の下部にポツンとある池は味原池です。

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大阪工業大学があるエリアです。淀川が大きく湾曲していた場所です。

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天保山のエリアです。港区、大正区のほとんどが水田でした。

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枚方、高槻エリアです。淀川の真ん中に大きな中州があったんだ。

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樟葉です。ところどころ大きな池がありますね。

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淀川流域でもっとも変化が大きい場所。巨椋池があり、宇治川がまだ付け替えられていません。中央に淀城の堀が残っています。鳥羽伏見の戦いはこんな場所で行われたのですね。

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一気に阪神間へ。甲子園球場がどこにあるか分かりますか?武庫川から分かれた枝川の川原に出来たのですよね。

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西宮、芦屋周辺です。夏には海水浴で海岸線は賑わったのでしょう。

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最後は神戸エリアです。

いかがでしょう。基本的には液状化などの地震防災対策が主目的のデーターですが、様々な活用が出来そうな地図になっていると思います。関心のある方はぜひお試しください。


「明治前期の低湿地データ」を公表(3月7日)
 国土地理院

【明治前期の低湿地データ】




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