2012年06月16日 16:25
伊勢古市参宮街道を歩く(2)
古市遊郭の歴史

猿田彦神社です。

猿田彦大神はすべてのことの先駆け、人々の善い方に導き、世の中の行方を開く「みちひらき」の神として識られているとある。そういえば天神祭の陸渡御の先頭を行くのも馬に乗った猿田彦ですね。

とても立派な拝殿です。

拝殿前にあるのは古殿地と刻まれた方位石。

この場所は昭和11年の御造営まで永く御神座のあった最も神聖な場所なのだとか。パワースポットというやつですね。

神社の角を曲がると坂になっている。

ここには明治維新まで宇治惣門とよばれる黒門があり番屋があったそうだ。

坂がずっと続いているが、

牛谷坂と呼ばれる坂で、延宝2年(1674)に内宮長官の藤波氏富が私財を投じて改修したのだとか。それまでは険しい道だったのでしょうね。

古市参宮街道の案内板。

ゆるやかな坂をのぼりきったところに大きな石灯篭があった。

奉献 両宮常夜灯。雨宮ではありません…

外宮から歩いてきた参拝者にとって大きな目印だったのでしょう。

その横に両宮参拝碑というのもあった。

しばらく普通の人家が続きます。

なんかいい感じの看板。
「親がまず手本を示そう正しい横断」
子供の頃は黄色い旗をもって渡ってたよな…

桜木地蔵の表示看板がまたあった。常夜灯のところにもありましたよね。気になるので行ってみました。

街道から200メートルほどゆるやかな坂を下ったところにある桜木地蔵尊。

桜の大樹の元に鎮座していた地蔵さんだったようですね。
桜木町の地名にも由来しているのでしょうか。

地元の方々に大切にされている地蔵尊でした。

さて再び古市街道に戻ります。

月讀宮(つきよみのみや)への道標。

大きな交差点に出てきました。

下には伊勢自動車道が通っています。

その角にあるのが「伊勢古市参宮街道資料館」。

入館無料です。

こちらには古市遊郭の資料がたくさん展示されています。

「伊勢古市備前屋牛車楼踊之図」。
寛延年間に備前屋にて伊勢音頭の踊を始めて名物になっていたことが「宇治山田市史」に書かれていましたがその様子でしょう。

これは「伊勢古市備前屋桜花楼踊之図」。

こちらも「伊勢古市備前屋桜花楼踊之図」です。
3枚とも同じ備前屋なので、おそらく牛車楼から桜花楼に名前を変えたのではないでしょうか。

こちらは旅館「大安」の資料。

街道沿いの正面玄関。こちらは旅館として昭和40年代まであったようです。
(参考サイト)「ちょっと古めの写真集<伊勢編>」

裏側からみた「大安」の建物全体。凄い。

こちらは「矢津屋」。

本館の玄関口。昭和18年に旅館業を廃業しています。

こちらは杉本屋 菊喜楼。

こちらは「油屋」の銅版画。

油屋といえば「お紺の油屋騒動」が有名で「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」として歌舞伎で上演されたのだとか。

こちらは旅館「麻吉」。
現在も旅館として建物が残っています。

人物写真も数枚飾っていました。

当時の芸妓さんの写真でしょうか。

館内に古市遊郭の歴史をパネルにしていたのですが、とても分かりやすかったので書き起こしました。

画像をクリックすると大きい画像(png)が見れます。
PDFのデータはこちらからどうぞ

館内にはその他にも街道にまつわる資料があります。
こちらは「萬金丹」の置き看板。
萬金丹は腹痛、胃腸薬など万病に効く丸薬として全国的にも有名で、安価だったこともあり一般庶民にも入手しやすすい常備薬でした。伊勢には野間萬金丹、小西萬金丹、岩城萬金丹など数業者があったようです。

これは萬金丹の製造道具ですね。
より大きな地図で 古市参宮街道 を表示
(関連記事)
「伊勢古市参宮街道を歩く(1)お蔭参りとおかげ横丁」 2012.06.13
「伊勢古市参宮街道を歩く(2)古市遊郭の歴史」 2012.06.16
「伊勢古市参宮街道を歩く(3)寂照寺と麻吉旅館」 2012.06.18
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古市遊郭の歴史

猿田彦神社です。

猿田彦大神はすべてのことの先駆け、人々の善い方に導き、世の中の行方を開く「みちひらき」の神として識られているとある。そういえば天神祭の陸渡御の先頭を行くのも馬に乗った猿田彦ですね。

とても立派な拝殿です。

拝殿前にあるのは古殿地と刻まれた方位石。

この場所は昭和11年の御造営まで永く御神座のあった最も神聖な場所なのだとか。パワースポットというやつですね。

神社の角を曲がると坂になっている。

ここには明治維新まで宇治惣門とよばれる黒門があり番屋があったそうだ。

坂がずっと続いているが、

牛谷坂と呼ばれる坂で、延宝2年(1674)に内宮長官の藤波氏富が私財を投じて改修したのだとか。それまでは険しい道だったのでしょうね。

古市参宮街道の案内板。

ゆるやかな坂をのぼりきったところに大きな石灯篭があった。

奉献 両宮常夜灯。雨宮ではありません…

外宮から歩いてきた参拝者にとって大きな目印だったのでしょう。

その横に両宮参拝碑というのもあった。

しばらく普通の人家が続きます。

なんかいい感じの看板。
「親がまず手本を示そう正しい横断」
子供の頃は黄色い旗をもって渡ってたよな…

桜木地蔵の表示看板がまたあった。常夜灯のところにもありましたよね。気になるので行ってみました。

街道から200メートルほどゆるやかな坂を下ったところにある桜木地蔵尊。

桜の大樹の元に鎮座していた地蔵さんだったようですね。
桜木町の地名にも由来しているのでしょうか。

地元の方々に大切にされている地蔵尊でした。

さて再び古市街道に戻ります。

月讀宮(つきよみのみや)への道標。

大きな交差点に出てきました。

下には伊勢自動車道が通っています。

その角にあるのが「伊勢古市参宮街道資料館」。

入館無料です。

こちらには古市遊郭の資料がたくさん展示されています。

「伊勢古市備前屋牛車楼踊之図」。
寛延年間に備前屋にて伊勢音頭の踊を始めて名物になっていたことが「宇治山田市史」に書かれていましたがその様子でしょう。

これは「伊勢古市備前屋桜花楼踊之図」。

こちらも「伊勢古市備前屋桜花楼踊之図」です。
3枚とも同じ備前屋なので、おそらく牛車楼から桜花楼に名前を変えたのではないでしょうか。

こちらは旅館「大安」の資料。

街道沿いの正面玄関。こちらは旅館として昭和40年代まであったようです。
(参考サイト)「ちょっと古めの写真集<伊勢編>」

裏側からみた「大安」の建物全体。凄い。

こちらは「矢津屋」。

本館の玄関口。昭和18年に旅館業を廃業しています。

こちらは杉本屋 菊喜楼。

こちらは「油屋」の銅版画。

油屋といえば「お紺の油屋騒動」が有名で「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」として歌舞伎で上演されたのだとか。

こちらは旅館「麻吉」。
現在も旅館として建物が残っています。

人物写真も数枚飾っていました。

当時の芸妓さんの写真でしょうか。

館内に古市遊郭の歴史をパネルにしていたのですが、とても分かりやすかったので書き起こしました。

画像をクリックすると大きい画像(png)が見れます。
PDFのデータはこちらからどうぞ

館内にはその他にも街道にまつわる資料があります。
こちらは「萬金丹」の置き看板。
萬金丹は腹痛、胃腸薬など万病に効く丸薬として全国的にも有名で、安価だったこともあり一般庶民にも入手しやすすい常備薬でした。伊勢には野間萬金丹、小西萬金丹、岩城萬金丹など数業者があったようです。

これは萬金丹の製造道具ですね。
より大きな地図で 古市参宮街道 を表示
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「伊勢古市参宮街道を歩く(1)お蔭参りとおかげ横丁」 2012.06.13
「伊勢古市参宮街道を歩く(2)古市遊郭の歴史」 2012.06.16
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( 2012年10月08日 20:38 )
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