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京街道を歩く・天ノ川・磯島

2011年12月04日 08:00

京街道を歩く(21)
天ノ川・磯島

枚方宿の東見附跡を過ぎ、かささぎ橋を渡り、字天ノ川から歩いていきます。

isojima_01.jpg
明治21年測量の地図です。
字天ノ川は禁野村の字地になるのでしょうか。

isojima_02.jpg
現在の地図と重ねると

isojima_03.jpg
このようになる。

IMG_4446_4.jpg
天ノ川地区から歩いていきます。

IMG_4451_4.jpg
すぐにお堂が現れました。

IMG_4453_4.jpg
その前にはたくさんの石仏が集められている。
多くの石仏は道路工事等により移動を余儀なくされたものでしょうか。

IMG_4454_4.jpg
このお堂には延命地蔵大菩薩が祀られているようです。

IMG_4456_4.jpg
まっすぐな道が続きます。

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蔵のあるタバコ屋さん。

IMG_4463_4.jpg
こちらの家はちょっと古そう。

IMG_4464_4.jpg
レンガ塀がとてもいいです。

IMG_4465_4.jpg
日野橋を渡たると

IMG_4471_4.jpg
磯島地区です。

IMG_4469_4.jpg
現在の住所は磯島茶屋町となっている。昔はこの街道沿いに茶屋があったのでしょうか。

IMG_4520_4.jpg
旧磯島村に行く途中に樋門跡の様な場所があった。
この鉄の扉で水を止めていたのでしょうか。
溝のある石柱がありますがそれはおそらく樋門の跡でしょう。

IMG_4515_4.jpg
磯島八幡神社です。鳥居の横に2本の古い鳥居の柱が保存されている。そこには「攝津国嶋上郡磯島村 寛保三歳九月吉日」と刻まれています。磯島村は河内国でなく対岸の摂津国だった時代があったようです。

IMG_4478_4.jpg
浄土真宗 正光寺。

IMG_4479_4.jpg
こちらは山門ではないですがこちらから。

IMG_4482_4.jpg
本堂と観音堂。

IMG_4483.jpg
何やら説明板がありました。
実従桜
室町時代の後期には、当地は水辺に咲く糸桜を見物に、近郷からの人出でにぎわいました…

IMG_4485_4.jpg
磯島周辺は桜の名所だったようですね。

IMG_4489_4.jpg
山門からの眺めです。
昔はこの道が村の中心の道だったのかもしれない。

IMG_4509_4.jpg
こちらが山門です。

IMG_4511_4.jpg
古そうな石仏。

IMG_4512_4.jpg
こちらにも。

IMG_4491_4.jpg
さて、ちょっと周辺をうろうろしてみます。
道の突き当たりは淀川の堤防です。

IMG_4495_4.jpg
のぼってみました。左に背の高い蔵が見える。

IMG_4498_4.jpg
この辺りもいい雰囲気。

IMG_4500_4.jpg
いい感じだ。

IMG_4503_4.jpg
立派な塀もある。

IMG_4505_4.jpg
庭木が美しい。

IMG_4507_4.jpg
こちらはさっきの正光寺の裏手です。

IMG_4514_4.jpg
ここは水路跡のようです。昔は桜並木だったのかもしれない。

IMG_4513_4.jpg
手前の木の下に見過ごしてしまいそうな石仏があった。2体の仏さんが刻まれている。

IMG_4523_4.jpg
さて、京街道に戻ってきました。
晴れているのですが、この日は天気が不安定。
この後1時間ほど雨宿りを余儀なくされてしまった…


(おまけ)
buru.jpg
なんか気になるブルドーザーをパシャリ!
ちょっと顔がかわいかったので…



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コメント

  1. kotaro | URL | 8nGiSIKA

    嶋上、嶋下郡史

    実は先月の豊中の新田小学校の記事に、書き込みをしようと試み、
    詳細の確認が取れなかったので、一旦おいたのですが、上新田に関する歴史背景を
    自分で調べてみました。

    豊中在住の頃より上新田地区の歴史が気にかかっていたのですが、旧の小学校が
    作られた成立時は、島下郡片山村の一番学校であったという記載があります。
    延喜式の時代から、三島の地名があり、上と下に別れ、上新田は茨木や吹田と同じ、
    下郡であったと知りました。

    明治40年に三島郡。豊中への編入は昭和28年。阪急開通や、第二次大戦の影響のない
    この頃に郡を変えるほどの転地をした理由が思いつかず、人に質問したところで
    書き込みを止めておりました。

    今回の記事で、そして枚方に摂津の嶋上郡の一部があったことを知りました。
    三島の名の由来になる嶋上、嶋下の地域とは、律令時代にどのような範囲で
    設定されたのか、ますます興味が湧いて来ました。

    この場所も、摂津の国の飛び地のようなところだったのでしょうか。

  2. jack77betty | URL | BaVqJGy6

    磯島村

    >磯島村は河内国でなく対岸の摂津国だった時代があったようです
     磯島村の交野郡編入は明治7年のことだそうですが、それ以前はなぜ対岸の島上郡に所属していたのか?
     ネット検索だけの情報ですが
    (1)磯島村はもとは淀川の中州でしかもその中州が対岸の島上郡のほうに近かった。
     これが本当なら、文句のつけようがありませんが、新之介さんの引用された明治の地図上の位置から見てでは、それ以前に中洲であった(八幡神社と淀川左岸の間を淀川が流れていた)ことは考えられても、その中州からの距離が左岸より右岸のほうに近かったというのは想像がつきにくいですね。もっとも川の流れは恐ろしく変わることもあるのでそれ以前の古地図でもあれば「大変失礼しました。」ということになりますが。
     もうひとつの説は
     (2)磯島村は当時岩清水八幡宮の所領だったので、付近の土地とは別の扱いになった。
     こちらも岩清水八幡宮の関係ということであれば(岩清水八幡宮のある)山城国の飛び地になったというのなら解りますが、何故対岸の摂津国島上郡の飛び地になったのかという説明にはなっていません。どうしてもその説を主張するなら、岩清水八幡宮と島上郡の親密関係を、当然証明付記すべきだと思いました。

  3. 新之介 | URL | sDz630us

    kotaroさん
    jack77bettyさん

    磯島村が明治7年に交野郡所属になるまで、なぜ摂津国島上郡所属だったのか、たまたま現在借りている大阪府全志(大正11年発行)で探してみました。

    「本地は磯島村と稱して、古来攝津國島上郡所属たりしが、明治七年八月四日國界の組替に依りて當国交野郡所属となる。村名の磯島といへるは、淀川に島形を爲せしより起れるの稱にして、其の島上郡に属したるは西岸攝州に隣接したるに依れり。即ち今の淀川は西邊を流るれど、往時にありては東部を貫流して、今の京街道の邊はその河道たりしといふ。」

    と書かれていました。要は淀川の流路が旧地図でいうと磯村の右側を流れていた時代があったようですね。これを読んで私自身もすっきりしました ^ ^

  4. dam | URL | zYsHaZ9Q

    いつも楽しく拝見させて頂いています。damと申します。
    子供の頃に天之川町(写真に写っているお堂のすぐそば)
    に住んでおりまして、自分が日常生活で使っていた
    道路が京街道だったことを知り大変ビックリするとともに
    感動しました。
    現在も京阪沿線で働いており、「京街道を歩く」シリーズ
    の更新を毎回楽しみにしております。

    (写真に写っているタバコ屋さんですが、確か芸能人の
    森脇健二さんのおばあさんが住んでた気が。。
    10年以上前の話ですが。。)

  5. 新之介 | URL | sDz630us

    damさん

    天之川町の昔の姿が河内名所絵図にも描かれていますよね。
    http://blog-imgs-42.fc2.com/a/t/a/atamatote/kawachi_07.gif
    自分が住んでいる地域の昔を知ると
    その土地の愛着がさらに湧いてきたりしますよね。
    私のブログの目的はそこかもしれないなぁと思ったりしています^^

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