このエントリーをはてなブックマークに追加

京街道を歩く・枚方宿・鍵屋

2011年11月17日 08:00

京街道を歩く(17)
鍵屋・浄念寺

IMG_4275_4.jpg
枚方宿の西の出入口、西見付から歩いていきます。

IMG_3523.jpg
ケンペルやツンベルク、シーボルトなども立ち寄ったのだとか。

hirakata_01.jpg
明治21年測量の地図です。

hirakata_02.jpg
川が流れていた場所は河川敷になっていますね。

IMG_3529_4.jpg
歩き出してすぐに現れたのは

IMG_4279_4.jpg
鍵屋。歴史的にも大変重要な建物です。

IMG_4278_4.jpg
現在は枚方市立枚方宿鍵屋資料館として管理されていますが、平成9年まで料理旅館・料亭として営業していました。

IMG_3534_4.jpg
ファサードがとても美しい。

IMG_4294_4.jpg
創業は天正年間(1573~1592)と伝えられています。
この主屋は文化8年(1811)に建てられたようで枚方市の有形文化財に指定されています。

IMG_4296_4.jpg
煙り出しがいいですね。

IMG_3536_4.jpg
こちらが資料館の入口。

IMG_4281.jpg
「淀川三十石船唄」に「鍵屋浦には碇(いかり)は要らぬ 三味や太鼓で船止める」と謡われていたとか。

kawachi_05.gif
「河内名所図会」の「枚方驛」です。提灯に「平」の文字が見える。鍵屋に似ているけど違うかも。川で提灯の灯りで魚をさばいている料理人が描かれています。

IMG_4298_4.jpg
敷地内は残念ながら撮影禁止でした。とても興味深い建物です。機会があればぜひ見学してみてください。

IMG_4303_4.jpg
鍵屋さんの斜向かいにも素敵な建物が。

IMG_4308_4.jpg
こちらは古民家を利用したカフェ・ザッカ・カグのお店。

IMG_3544_4.jpg
ラムネの布がかわゆい。

IMG_3548_4.jpg
ちょっとええ感じの場所。

IMG_4309_4.jpg
奥の建物が古そうですね。

IMG_4312.jpg
問屋役人 木南喜衛門家 屋号 田葉粉屋。 
なかなか由緒があるようです。

IMG_4311_4.jpg
建物自体は明治期のものだとか。

IMG_3591_4.jpg
枚方船番所跡の碑。

IMG_3590_4.jpg
行ってみましょう。

IMG_3586.jpg
別に何かがあるわけでもなく説明板がありました。
この辺りが港だったのですね。現在は高い壁があるだけで遺構らしきものは何もありません。アスファルトをはがせば石積みが現れるかも。発掘しませんか。枚方市さん! ^ ^

IMG_4318_4.jpg
さて、少し歩いたところに大きな松の木がありました。
別に無名の木だと思うのですが枝ぶりがいい。

IMG_3569_4.jpg
街道の突き当たりに大きな屋根が現れました。

IMG_3578_4.jpg
浄土真宗 浄念寺。

kawachi_04.gif
「河内名所図会」の「枚方 萬年寺」の中にも西御坊として描かれている。ただし、東御坊と西御坊の位置関係がおかしい。ただ、西御坊は川沿いにあり東御坊は山の麓に描かれているのは正しい。もしかすると意図的にデフォルメしている可能性も考えられるなぁ。

IMG_4322_4.jpg
山門の前で京街道は大きく屈曲しています。見通しを妨げて防御機能をもたせる「枡型」といわれるものだそうです。

IMG_3579_4.jpg
本堂は、寛政4年(1792)に再建されたものだとか。

IMG_3582.jpg
枚方は寺内町だったんですね。それも興味深い。元々あった順興寺(じゅんこうじ)の後身が東御坊と言われる願生坊(がんしょうぼう)だそうです。

IMG_3624_4.jpg
さてさて、再び歩きます。
こちらの建物、ちょっと基礎を高くしています。

IMG_4324_4.jpg
水害対策でしょう。旧地図を見ると地理的に水害に悩まされた地域だったのではないかと想像できます。

IMG_3631_4.jpg
唐突に道標があった。
すぐ國道第二号路線 京
左 枚方街道

IMG_3635_4.jpg
こちらの公園が旧本陣跡。

IMG_3633_4.jpg
幕末に取り壊されたようで、旧地図でも建物らしきものが記されていません。明治天皇の石碑がありますが、

IMG_3995.jpg
大阪行幸の時に立ち寄られたようですね。
(関連記事)『京街道を歩く・難宗寺・盛泉寺2011.09.14

IMG_4330_4.jpg
またまた素敵な建物が現れた。

IMG_3653_4.jpg
こちらは有名な氷屋さん。
とにかくここのかき氷は絶品らしい。

IMG_4331_4.jpg
専光寺の角を曲がって

IMG_3660_4.jpg
万年寺山へ向かいます。
石段の下の地蔵尊がありますね。

IMG_3667_4.jpg
中をのぞいたら真っ白い顔のお地蔵さんたちでした。



より大きな地図で 新之介の京街道 を表示


(守口~京橋~高麗橋)
42.京街道を歩く・高麗橋
41.京街道を歩く・京橋
40.京街道を歩く・関目・野江
39.京街道を歩く・土居・今市・森小路
38.京街道を歩く・守口~京橋の地図
(守口~京へ)
1.京街道を歩く・守口の文禄堤
2.京街道を歩く・難宗寺・盛泉寺
3.京街道を歩く・一里塚・専教寺・正迎寺
4.京街道を歩く・八坂瓊神社・大庭七番
5.京街道を歩く・大日村
6.京街道を歩く・大庭五番・大庭二番村
7.京街道を歩く・大庭一番・佐太天神宮
8.京街道を歩く・来迎寺と松
9.京街道を歩く・仁和寺村
10.京街道を歩く・点野・茨田樋遺跡
11.京街道を歩く・太間・茨田堤の碑
12.京街道を歩く・河内名所図絵
13.京街道を歩く・木屋・鞆呂岐神社
14.京街道を歩く・出口
15.京街道を歩く・出口・光善寺
16.京街道を歩く・枚方宿
17.京街道を歩く・枚方宿・鍵屋
18.京街道を歩く・枚方宿・万年寺跡
19.京街道を歩く・淀川両岸一覧・枚方駅
20.京街道を歩く・枚方宿・岡・岡新町
21.京街道を歩く・天ノ川・磯島
22.京街道を歩く・渚の院・御殿山神社
23.京街道を歩く・三栗・阪・片埜神社
24.京街道を歩く・下島・上島・樋之上
25.京街道を歩く・樟葉
26.京街道を歩く・樟葉宮旧跡・交野天神社
27.京街道を歩く・樟葉台場跡・久修園院
28.京街道を歩く・橋本
29.京街道を歩く・橋本~御幸橋
30.京街道を歩く・石清水八幡宮
31.京街道を歩く・美豆・淀
32.京街道を歩く・淀城跡・淀納所
33.京街道を歩く・富森・横大路
34.京街道を歩く・下鳥羽・月の桂
35.京街道を歩く・鳥羽伏見の戦いと下鳥羽
36.京街道を歩く・上鳥羽
37.京街道を歩く・東寺


ポチッと、応援よろしく♪
bahiru_wink3.gif
スポンサーサイト


コメント

  1. jack77betty | URL | BaVqJGy6

    河内名所図会

    >ただし、東御坊と西御坊の位置関係がおかしい(新之介さん)

    「東御坊と西御坊の位置関係」というより、「本陣と西御坊の位置関係」がおかしい、すなわち西御坊と本陣の位置がそっくり入れ替わってしまっている、というほうが正しいのではないでしょうか。

  2. 新之介 | URL | sDz630us

    jack77bettyさん

    「枚方萬年寺」はかなりデフォルメされている絵だと思っています。
    萬年寺がメインの絵なので下の方はかなり無理があるように思います。
    萬年寺と東御坊の位置関係はほぼ正しいと思いますが
    本陣と西御坊の位置はかなりおかしい。
    想像ですが作者が意図的に構図優先で描いたのではないかと思っています。
    先日淀川両岸一覧を借りて見ていたのですが
    それにも西御坊と東御坊が描かれていました。
    その位置関係はかなり正確に描かれています。
    また後日記事にする予定です。

  3. 中瀬衛亮 | URL | sn1p.Qns

    初めまして

    初めまして、私の祖父が五番の吉岡から養子に来ていて、検索していてこちらを発見し拝見させて頂いています。京街道で私の生まれた三矢とひと続きで嬉しく思いました。また、檀家総代を務めている淨念寺や意賀美神社の階段下にある地蔵さんも載っていました。地蔵さんのお家を作って祀ったのが先ほどの祖父です。祖父は、北河内郡の郡長をしていた家から養子に来ていました。郡役所が、三矢公園の向かいの枚方療育園の場所で枚方宿の本陣があった場所と聞いています。お地蔵さん2体と石の亀が今は専光寺さんになっていますが、高架事業で転居しましたが、そこにあった井戸の改修工事の時に見つかったもので、何か因縁を感じて書かせていただきました。長文で申し訳ありません。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://atamatote.blog119.fc2.com/tb.php/625-173efdec
この記事へのトラックバック