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終戦の日

2011年08月15日 00:00

昭和20年8月15日 正午
多くの国民が玉音(ぎょくおん)放送を聞いた。

「一億人の昭和史 4」より
815_01.jpg

「一億人の昭和史 4」より
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八月十五日
警報。
情報を聞こうとすると、ラジオが、正午重大発表があるという。
天皇陛下御自ら御放送をなさるという。
かかることは初めてだ。かつてなかったことだ。
「何事だろう」
明日、戦争終結について発表があるといったが、
天皇陛下がそのことで親しく国民にお言葉を賜るのだろうか。
それとも、--或いはその逆か。敵機来襲が変だった。
休戦ならもう来ないだろうに・・・・・・。
「ここで天皇陛下が、朕とともに死んでくれとおっしゃったら、みんな死ぬわね」
と妻が言った。私もその気持ちだった。
ドタン場になってお言葉を賜わるくらいなら、
どうしてもっと前にお言葉をくださらなかったのだろう。
そうも思った。
十二時近くなった。ラジオの前に行った。
(中略)
十二時、時報。
君ガ代奏楽。
詔書の御朗読。
やはり戦争終結であった。
君ガ代奏楽。つづいて内閣告諭。経過の発表。
--遂に負けたのだ。戦いに破れたのだ。
夏の太陽がカッカと燃えている。眼に痛い光線。
烈日の下に敗戦を知らされた。
蝉がしきりと鳴いている。
音はそれだけだ。静かだ。

「高見順日記」より


戦争を知らない私たちが
次の世代に戦争のことを
伝えないといけない時代。
資料はたくさん残っています。
私も少しずつ戦時中の資料を読んでいるところ。
玉音放送も初めてじっくり聞いてみました。
下の映像はわかりやすい文章を併記しているので
恥ずかしながら内容がはじめて理解できました。


終戦の詔勅(玉音放送)




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コメント

  1. TOSSY | URL | mXJ0wlpU

    玉音放送

    近所の人と集まって聞いたそうです 母は「モゴモゴと 何言っているかわからなかった むかいの奥さんが「戦争は終わったのですよ」と教えてくれた」 といっていました
    これ 母さんに見せてやりたかった 昨日箕面墓地に墓参りに行ってきました 旧西国街道白くて暑そうでした 

  2. がんさん | URL | -

    語り継ぐもの

    戦後66年、日に日に戦争の記憶は薄くなり語り継ぐ人も少なくなってゆきます。だからこそ私たちは、父や母の話を後世の人たちに語り継いでゆく必要があるんですよね。戦争の無意味さ・悲惨さを。次の世代また次の世代への伝えて行くことは私たちの義務ですよね。

  3. びんみん | URL | j549y3BY

    初めて全文を知りました

    初めて玉音放送の全文を知りました。
    ありがとうございました。
    思えば、子どもの頃から、8月には戦争体験者から話を聞くということがあったわけですが、私たちが伝えるべき時期が近づいているのですね。
    いつも街中に近代のものを求めて歩いていますので、必然的に戦時中の遺物にも多く出会います。その意味するところにもっと意識的にならないといけないのかもしれません。

  4. Empizzo | URL | X/aoCwEI

    たとえようもなく悲しく聞こえたであろう玉音放送

    8月15日(1945年の)の大阪の街を見てみたい・・・。
    そんな不可能な空想をよく見ます。

    森ノ宮のピース大阪には
    船場や難波近辺の被災状況ジオラマが展示してあります。
    大きなコンクリート製ビル以外は燃え尽きています。
    母(昭和5年生まれ)は当時の情景を教えてくれました。
    上本町から千日前方面を見ると一面焼け野原だったそうです。

    前日の8月14日は大阪砲兵工廠と近辺がむちゃくちゃにやられています。
    京橋駅の悲劇は毎年報道されますが・・・。
    そんな悲しいロケーションで聴く玉音放送。
    地面に額して、ただただ泣き崩れる以外なかったと思います。
    「戦争が終わったーっ!!」という歓喜は
    ほとんどなかったのではないだろうかと想像します。

  5. 新之介 | URL | sDz630us

    TOSSYさん
    玉音放送を覚えている方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。
    当時のことを考えると、今の時代はいろいろありますが、
    まだ幸せな時代なのかもしれません。
    夏になると当時の資料をいろいろ見てしまいます。

    がんさん
    おっしゃるとおりだと思います。
    戦争を知らない世代だからこそ
    戦争の悲惨さを知っていないといけない。
    二度と同じあやまちを繰り返さないために…

    びんみんさん
    近代建築や古い建物等を見ておられる方々は
    戦争の時代のことも一般の方より多く知っておられるように思います。
    もしかするとそういう方々のほうが戦争のことを伝えるのが
    上手なのかもしれないなぁと思ったりします。
    そう思うのは僕だけかな?

    Empizzoさん
    ピース大阪は一度しか行っていないですが
    かなりショックを受けました。
    戦争を伝えていくにはとても重要な施設ですね。
    毎年8月14日には京橋駅の悲劇も
    ニュースで伝えられます。
    終戦の前日に亡くなった方々の無念さは
    決して忘れてはいけないのだと思います。

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