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中津と十三の深い関係

2007年11月04日 21:22

中津と十三の深い関係。

十三という地名は元々旧中津川の南岸、成小路村の一集落の地名でした。
摂津国西成郡中津町大字成小路字十三、ちょうど鷺島神社があった辺りが元の十三地域です。
明治31年から42年にかけて淀川改良工事が行われ、成小路は中津地区から引き離されました。十三の集落も河川敷の下に消えてしまったのです。その後、明治43年、新淀川の北岸に箕面有馬電気軌道が駅を設置、その駅名を「十三」とし、十三の名前が地図上に残りました。

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中津にある富島神社は、創立当初は午頭天王社(ごづてんのうしゃ)と称していました。明治に入って、利島神社に改称、明治41年、神社合祀令に伴い、豊崎の春日神社と光立寺の天満宮を、明治42年、成小路の鷺島神社と塚本の八阪神社を合祀しました。明治43年、富島神社と改称、現在に至ります。昭和39年、八阪神社を分離しています。これは、塚本地区の神社復興のためです(9月18日のブログ参照)。現在も、新北野地区や十三東地区は富島神社の氏子地域になっています。

鷺島神社が富島神社に合祀された後、成小路に富島神社の御旅所が造られました。「大松っさん」の愛称で親しまれ信仰をあつめていたようです。イラストマップを見ると、夏祭り時に橋を渡る行事が行われていたようですが、詳細は不明です。御旅所は戦後、都市計画により宮地の一部を接収され、代替地で神社再建の時を待つことになります。後に成小路神社になります(9月24日のブログ参照)。

003.jpg
「思い出の十三 イラストマップ」 唯一、十三以外のことが描かれているのが、中津の富島神社です。お神輿が描かれており、お渡りと書かれています。御旅所から来たのか、御旅所へ向かうのかは不明。

御旅所
「思い出の十三 イラストマップ」馬に乗って川向こうの富島神社に向かうのでしょうか。

改良工事地図2
改良工事前の明治18年の地図。工事によって中津町のかなりの集落が川や河川敷の下に沈んでしまいました。

富島神社
富島神社

正面
富島神社の拝殿

御神木
御神木の立派なクスノキ

御神木2
なんと樹齢650年だそうです。神社の創立が足利時代なので、その時代からずっとこの地にあったのでしょうか。

十三思昔会
十三思昔会 記念碑。淀川改良工事により川に沈んでしまった旧十三町民の方々が建てた石碑。昔の十三の地を思う気持ちを、この碑にこめているのだと思います。

カンテグランデ
カンテ・グランデ。緑がとってもきれいだったので紹介しました。店内もとっても素敵なお店です。超有名店なので、くわしくは他のブログでお楽しみください。(笑)

カンテグランデ2
カンテ・グランデと富島神社。花とグリーンが続いていて蝶の通り道になっていました。


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コメント

  1. TOSSY | URL | mXJ0wlpU

    このあたり 歩きました

    今年の花火の日 このあたりを探索しました
    カンテグランデでナンを食べて (ちなみに この店は 同窓生経営です) 富島神社におまいり それから 光徳寺に行きました
    光徳寺は 佐伯祐三生家なのです
    中に 碑が ありました

    それから十三大橋たもとのマンション屋上から花火を見ました

  2. 新之介 | URL | -

    花火の日

    花火の日のブログは拝見しました。いい場所ですね。カンテグランデのオーナーと同窓生とはびっくりです。先日購入した「大阪人」の中津特集でも紹介されていました。光徳寺が佐伯祐三さんの生家というのも、散策の後にその本で知りました(笑)。今度、もう一度行ってみます。

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