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渡しの船頭は誰か。

2007年11月03日 07:00

渡しの船頭は誰か。

世に広く出回っている十三の渡しの写真。この写真の出どころと、写真に写っている船頭さんの名前を記した本を見つけました。読売新聞大阪本社が発行した「浪速写真館」。この本に書かれていることは非常に興味深いものです。

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撮影の時期は明治初期、明治11年に木製の橋が架けられ渡しがなくなるのでその直前ではないかということです。この写真、「上田貞治郎写真コレクション」の中の写真だそうです。「上田貞治郎写真コレクション」とは、日本を代表する写真材料商、上田写真機店の創業者上田貞次郎(1860~1944)さんが収集した古写真約1000枚が収められたアルバムのことです。(現在は大阪市立大学によってデジタルアーカイブス化されています。)

本の中で、「伊兵衛が十三の最後の渡し守りでした」と伊兵衛さんの肉親の方の言葉が書かれています。撮影時期を考えると、写真に写っている船頭さんは伊兵衛さんではないかということです。

岸にうっそうと茂っているのは、鷺島神社の松の森ではないかと書かれています。ということは、川の北岸と思われがちな写真ですが、南岸になります。鷺島神社の住所は、中津町大字成小路字十三になりますので、その辺りの岸で撮影されたことになります。

古い写真は数多くありますが、写っている人や物のことを調べるのは並大抵のことではありません。まず、関係者が亡くなられています。この「浪速写真館」という本は、その試練を乗り越え、関係者を探し、その時代に生きた人の記憶を聞き、写真に写っているものの解説、時代背景が書かれています。新聞社だからできた本かもしれません。昭和60年発行の本なので図書館などで探してみてはいかがでしょうか。

十三渡し
明治初期に撮影されたと思われる十三の渡し。乗客のほとんどが傘をさしているので、天気は小雨だったのでしょう。川の南岸から西の方面(川下)に向かって撮影されている。

伊兵衛
この方が、十三の渡しの最後の渡し守り、伊兵衛さん。

中津川02
明治18年の参考地図です。撮影された時期から約10年経っています。当時は当然橋は架かっていませんでした。川の南岸の辺りが成小路村です。橋のたもとの辺りで撮影されたと思われます。淀川改良工事により、北岸が現在の十三です。南岸一帯は、河川敷になったり川の下に沈んでいます。


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