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浜中津橋と下十三川橋梁

2010年06月07日 08:00

濱中津橋と下十三川橋梁

IMG_2813_2.jpg
十三大橋の南詰めにある「濱中津橋」をご存知でしょうか。
この橋は鉄道ファンにとって知る人ぞ知る有名な橋なのです。

IMG_2822_2.jpg
元々この橋はわが国最初の鉄道用鉄桁として、明治7年(1874)開通の
大阪~神戸間の下十三川橋梁に使用されたトラス橋でした。

IMG_2811_2.jpg
この先には昭和7年頃まで旧十三橋がありました。
手前の長柄運河に架かるのがこの濱中津橋です。

(関連記事)
満月の夜に現れた遺構
十三大橋の架橋工事2

IMG_2851_2.jpg
明治31年に淀川改修工事が着工、まずは長柄運河の開削から始まりました。

IMG_2850_2.jpg
長柄運河が開削されて、淀川の開削も始まります。
淀川改修工事は明治42年に完工。
その新淀川に同年、旧十三橋が開通しました。

IMG_2849_2.jpg
この濱中津橋は旧十三橋が竣工するのと同時期に
長柄運河に架橋されたのではないかと思っています。
(追記:昭和10年に架橋されたそうです…
明治の終り頃に解体され昭和10年まで約10年間もどこにあったのでしょう?)

IMG_2831_2.jpg
ちなみに明治42年測量の地図を見ると、
下十三川橋梁は無くなっていました。

IMG_2841_2.jpg
明治7年に架橋されてから136年。
よう頑張ってますね。元の色は何色だったんですか?


さて、
shimo_01_2.jpg
明治18年測量の地図です。
下十三川橋梁というのは旧中津川に架かっていた鉄橋です。
中津川は昔から十三川とも呼ばれていました。
「摂陽郡談(1701年)」でも川の部で十三川と紹介されています。


大きな地図で見る
濱中津橋です。ここからサイズを割り出して旧地図にはめてみました。

shimo_03_2.jpg
するとこんな感じ。
中津川の川幅に並べてみると7連がちょうどいい。
地図でも橋の記号が7つ並んでいるように見えます。
実際はどうだったのでしょう?

shimo_05_2.jpg
昭和4年測量の地図です。
下十三川橋梁の遺構って今でも残っているのかな?
怪しそうな所をチェック。

shimo_07_2.jpg
○の場所を歩いてみましたがそれはまた次回に。
この辺りって、子供の頃からの遊び場です。
あまり変わっていないのでタイムスリップしてしまった。

IMG_2555_2.jpg
ちなみに「下十三川橋りょう」の文字が見えますね。



より大きな地図で 濱中津橋 を表示



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コメント

  1. | |

    承認待ちコメント

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  2. ファジー | URL | UXr/yv2Y

    明治黎明期の残り香

    ほんと感涙モノの鉄道遺構だと思っています。
    このまま生きながらえて欲しいのですが、かなり傷みもあるようですね・・・今後が心配です。

  3. 新之介 | URL | sDz630us

    ファジーさん

    いつか重要文化財になったりしたりして… ^^

  4. ゆう | URL | -

    十三川

    こういう橋は本当にいつまでも残して欲しいですね
    十三川・・・この近くで産まれた私・・・

    私が2-3歳の昭和30年代終わりには
    まだ川が若干残ってましたが。。

    50年経った今は昔の面影殆ど残ってませんね

  5. 新之介 | URL | sDz630us

    ゆうさん

    街はどんどん変化していきますが
    昔の面影が残っている所を見つけるとうれしくなります。
    私は神社や寺、墓地などが好きなのは
    その土地の昔の面影を探しているのかもしれません。

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