2009年12月11日 08:45
旧吹田村を歩こう(2)
重要文化財・旧西尾家住宅
平成21年10月16日、文化審議会は建造物において、
1件を国宝に、9件を重要文化財に指定することを文部科学大臣に答申しました。
重要文化財の中に、吹田市の旧西尾家住宅が含まれていました。
(旧西尾家の関連記事)
『旧西尾家(現吹田文化創造交流館)1』 無題
『旧西尾家(現吹田文化創造交流館)2』 無題
『旧西尾家(現吹田文化創造交流館)3』 無題
『旧西尾家(現吹田文化創造交流館)4』 無題
『大阪府の報道発表資料』

西尾邸の塀なんですが これ何なんでしょう?
さて、

ここが入り口の長屋門です。

立派な主屋です。
西尾家は庄屋でした。しかし、普通の庄屋ではなく、
皇室や伊勢神宮にも米や野菜を献上していたそうです。
これは凄いことで、献上に向かう行列に対して
大名行列が道を譲ったとか。

この建物は、一般公開されていて、ボランティアの方が案内してくれます。

レトロな電話ですが、電話番号が0001番だったそうですよ。
ちなみに朝日麦酒が0002、吹田役場が0003だったそうです。

ここは調理場。奥の台が調理台、手前が配膳台です。
もちろん、当時は調理師がいましたので調理台の高さが高いでしょ。
右の壁に配電盤が見えますね。

まるで工場のようです。
これで各部屋に電気を送っていたのですね。

調理場の天井です。すす黒くないですよね。
かまどは野外にあるそうです。
主屋は明治28年に立て替えられているのですが、
そのころからかまどは外だったのかな?
聞きそびれた…
次に離れです。

ここはビリヤード専用の部屋だったそうです。
(ちなみにこのビリヤード台は当時のものではないんだって)

その隣に応接室があります。
この離れを設計したのは、あの武田五一です。

細部まで手が込んでいます。ステンドグラスがいいですね。

床は寄木細工になっています。暖炉のデザインも素敵だ。

その横にサンルームがあります。

この床、パズルみたいに石を敷いてます。
隙間がなくピッタリ!

シルエット越しの眺めもいい。

もう一つ和風の部屋があります。

この丸窓、大きいなぁ。

床も石がきれいに敷かれている。

この部屋、実はさっきの洋風の部屋と裏で繋がっています。
この離れは和と洋が絶妙に融合しているんです。
ところで、これ凄いんですよ。

ひとつひとつの石は天然の石です。
加工せずに、きれいに面がそろってる。
こんな手の込んだところが随所にあります。
次に防火水槽と温室跡です。

この防火水槽はプールとして地域の人に解放していたこともあったそうです。
左にあるのが温室の跡です。

上層にはガラスの部屋があって、地下にボイラー室がありました。

写真ではわからないですが鉄管も残っています。それに温水を循環させていた訳です。

地下はこんな感じ。左の壁の奥にボイラーがあったのでしょう。

模型を見るとよくわかりますね。

12代西尾與右衛門氏は植物分類学者の牧野博士と深い親交があったようです。
この温室は牧野博士の研究にも使われたのでしょうね。
私の記事は旧西尾家紹介のダイジェスト版です。
もっともっといろいろあるんですが、かなり省略ました。
ただ古いだけでなく、新しい要素がうまく融合しているのが
とても面白かった。
関心のある方は、ぜひご見学してみてください。
▶ 旧西尾家住宅(吹田文化創造交流館)
(おまけ)

1枚目の塀の扉の裏側です。
当時、この向こうは水田が広がっていて、水路もあったそうです。
舟が近くまで来れたそうで、その出入り口だったとか。
より大きな地図で 新之介の吹田街道 を表示
(関連記事)
『 1. 吹田街道をゆく 吹田の渡し 』 2009.12.30
『 2. 吹田街道をゆく 垂水町 』 2010.01.04
『 3. 吹田街道をゆく 江坂 』 2010.01.08
『 4. 榎坂郷と荘園と今西家 』 2010.01.20
『 5. 消えた地名、蔵人 』 2010.01.23
『 6. 吹田街道をゆく 小曽根 』 2010.01.26
『 7. 足の神様・服部天神宮 』 2010.02.01
『 8. 旧穂積村を歩く 』 2010.02.08
『 1. 旧吹田村を歩こう・吹田駅と高浜神社 』 2009.12.10
『 2. 旧吹田村を歩こう・重要文化財・旧西尾家住宅 』 2009.12.11
『 3. 旧吹田村を歩こう・古い町並みと大の木 』 2009.12.15
『 住吉神社と豊国神社 』 2009.01.18
ポチッと、応援よろしく♪
重要文化財・旧西尾家住宅
平成21年10月16日、文化審議会は建造物において、
1件を国宝に、9件を重要文化財に指定することを文部科学大臣に答申しました。
重要文化財の中に、吹田市の旧西尾家住宅が含まれていました。
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西尾邸の塀なんですが これ何なんでしょう?
さて、

ここが入り口の長屋門です。

立派な主屋です。
西尾家は庄屋でした。しかし、普通の庄屋ではなく、
皇室や伊勢神宮にも米や野菜を献上していたそうです。
これは凄いことで、献上に向かう行列に対して
大名行列が道を譲ったとか。

この建物は、一般公開されていて、ボランティアの方が案内してくれます。

レトロな電話ですが、電話番号が0001番だったそうですよ。
ちなみに朝日麦酒が0002、吹田役場が0003だったそうです。

ここは調理場。奥の台が調理台、手前が配膳台です。
もちろん、当時は調理師がいましたので調理台の高さが高いでしょ。
右の壁に配電盤が見えますね。

まるで工場のようです。
これで各部屋に電気を送っていたのですね。

調理場の天井です。すす黒くないですよね。
かまどは野外にあるそうです。
主屋は明治28年に立て替えられているのですが、
そのころからかまどは外だったのかな?
聞きそびれた…
次に離れです。

ここはビリヤード専用の部屋だったそうです。
(ちなみにこのビリヤード台は当時のものではないんだって)

その隣に応接室があります。
この離れを設計したのは、あの武田五一です。

細部まで手が込んでいます。ステンドグラスがいいですね。

床は寄木細工になっています。暖炉のデザインも素敵だ。

その横にサンルームがあります。

この床、パズルみたいに石を敷いてます。
隙間がなくピッタリ!

シルエット越しの眺めもいい。

もう一つ和風の部屋があります。

この丸窓、大きいなぁ。

床も石がきれいに敷かれている。

この部屋、実はさっきの洋風の部屋と裏で繋がっています。
この離れは和と洋が絶妙に融合しているんです。
ところで、これ凄いんですよ。

ひとつひとつの石は天然の石です。
加工せずに、きれいに面がそろってる。
こんな手の込んだところが随所にあります。
次に防火水槽と温室跡です。

この防火水槽はプールとして地域の人に解放していたこともあったそうです。
左にあるのが温室の跡です。

上層にはガラスの部屋があって、地下にボイラー室がありました。

写真ではわからないですが鉄管も残っています。それに温水を循環させていた訳です。

地下はこんな感じ。左の壁の奥にボイラーがあったのでしょう。

模型を見るとよくわかりますね。

12代西尾與右衛門氏は植物分類学者の牧野博士と深い親交があったようです。
この温室は牧野博士の研究にも使われたのでしょうね。
私の記事は旧西尾家紹介のダイジェスト版です。
もっともっといろいろあるんですが、かなり省略ました。
ただ古いだけでなく、新しい要素がうまく融合しているのが
とても面白かった。
関心のある方は、ぜひご見学してみてください。
▶ 旧西尾家住宅(吹田文化創造交流館)
(おまけ)

1枚目の塀の扉の裏側です。
当時、この向こうは水田が広がっていて、水路もあったそうです。
舟が近くまで来れたそうで、その出入り口だったとか。
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『 2. 吹田街道をゆく 垂水町 』 2010.01.04
『 3. 吹田街道をゆく 江坂 』 2010.01.08
『 4. 榎坂郷と荘園と今西家 』 2010.01.20
『 5. 消えた地名、蔵人 』 2010.01.23
『 6. 吹田街道をゆく 小曽根 』 2010.01.26
『 7. 足の神様・服部天神宮 』 2010.02.01
『 8. 旧穂積村を歩く 』 2010.02.08
『 1. 旧吹田村を歩こう・吹田駅と高浜神社 』 2009.12.10
『 2. 旧吹田村を歩こう・重要文化財・旧西尾家住宅 』 2009.12.11
『 3. 旧吹田村を歩こう・古い町並みと大の木 』 2009.12.15
『 住吉神社と豊国神社 』 2009.01.18
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コメント
TOSSY | URL | mXJ0wlpU
ぜひいってみたいです
ここのことは ずっと以前にちょっとした関係者の同期生から同窓会で聞いたことがあったのです
相続問題で この建物の存続自体が危うくなっているとかで何とか存続できるように協力をと 写真が掲載された大きなグラフ雑誌を持ってきていたのです
高校時代かに泊まったことがあるとかいっていたと思います
そのときに白装束の衣装をつけた行列の写真も見たような記憶があります
こうしてきちんと保存された姿を見て感無量ですね
以前からぜひいってみたいと思っていたのです
年が明けてからいきましょう
( 2009年12月11日 10:18 [Edit] )
Petit太郎 | URL | -
素晴らしい遺産ですよ
以前に訪れた事があります。
庭には休憩室がありますよ。
その辺りに牧野博士だったかに由来する植物なんかも有りました。
また母屋の横にある土蔵はかなり古かったと記憶しているけど。
少し西の高浜町にも、 保存された旧家があります。
( 2009年12月11日 23:21 )
ゼク | URL | q1cvaNjE
ついに重要文化財に指定されたのですね。
良かったです!同じく重要文化財の吉志部神社が燃えて
なくなったので吹田市としてはこの西尾家を重文にしたかったのでしょう。
だいたい武田五一自体が伝説の人なのですからいくら増築したと
しても僕は問題ないと思っていました。
しかし、近くにこんな大きな重要文化財が出来て本当に
うれしく思います!
( 2009年12月12日 09:20 [Edit] )
新之介 | URL | -
TOSSYさん
存続が危うかった時があったらしいですね。
私が行った時、ボランティアの方がわかりやすく説明してくださいました。
途中で別のボランティアの方に変わってお二人のお話を聞けましたが
お二人ともとてもお話が上手で面白かった。
また行ってみたいです。
Petit太郎さん
吹田には保存されている旧家がいくつかあるようですね。
どれも立派な建物ばかりです。
吹田の歴史は奥がふかそうですね。
ゼクさん
ここは古いだけでなく、日本を代表する偉人、
武田五一や貴志康一、牧野富太郎、そして茶道薮内家などが
深く関わっているのがとても興味深いです。
大変意義のある重要文化財の指定だと思いました。
( 2009年12月13日 22:03 )
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