このエントリーをはてなブックマークに追加

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

美山・かやぶきの里に棲む○○。

2009年08月08日 08:08

美山・かやぶきの里に棲む○○。

P1190982.jpg
かやぶきの里・北村には寺といくつかのお社があります。
江戸時代からずっと続くこの村の信仰ってどうなってるんだろう?
きっとそこにもこの村の魅力が隠されているに違いない。
そんなことを考えながらうろうろ歩いていました。

P1190892.jpg
北村の中心部の一番高い所に曹洞宗 普明寺(ふみょうじ)があります。
村で唯一のお寺です。

P1190896.jpg
ここからの眺めもいいですよ。

P1190863.jpg
村の西側には稲荷社がありました。

P1190865.jpg
鳥居の奥に大きなトチの木があります。樹齢400年以上といわれています。

P1190866.jpg
お社はこじんまりして、昔のまんまって感じ。大きな杉の木が祠を守っています。

P1190904.jpg
村の東側には鎌倉社があります。

P1190906.jpg
こちらも杉の木に囲まれてひっそりと。

P1190907.jpg
ここからの眺めもいいですよ。

P1190935.jpg
さらに西に行くと知井八幡宮があります。
右の丘の上。

P1190914.jpg
由緒はかなり古いです。創建は延久3年(1071)となっています。

P1190915.jpg
由緒にはなかなか面白い事が書かれています。

「伝承によると、和銅6年(713)妖怪が出没、人々を恐怖におとしいれた。天皇の命を受けた占師は、丹波の奥山に棲む八つ頭の大鹿の仕業と判じた。天皇は直ちに甲賀三郎兼家に命じて大鹿退治に当たらせる。首尾よく退治に成功した兼家は神恩に感謝して、その地に建てた社が、知井八幡神社の起源とされている。」

P1190916.jpg
鹿といえば、夜に深見トンネルを抜けて美山町に入った所で
大きな角の鹿を見かけた事があります。
林の方を見ると光った目がたくさんこっちを見てました。
十数年前までは、夜は車もほとんど通らない場所だったんです。

P1190928.jpg
奥に見えるのが本殿です。明和4年(1767)に建てられたもので、
京都府指定文化財になっています。

P1190930.jpg
神社の坂を下ってくるとお墓がありました。この村の墓地ですね。

P1190932.jpg
その横には六地蔵も。

P1190988.jpg
宝篋印塔(ほうきょういんとう)が村の西端にありました。
明応4年(1495)の記銘があります。

P1190950.jpg
ぐる~っと村をまわってみましたが、
日本むかし話の暮らしが残っていそうな地域ですね。
妖怪の一匹や二匹がいても不思議ではありません。

そういえば美山で生まれ育った友人が言ってました。
「美山にはホサビ山とかオソノロ谷という変な名前がついている場所が
いくつかあってムーミン谷みたいだ」って。

ん~。美山には本当に何かが
棲んでいるかも知れない。



ところで、
茅葺きの茅はどこで入手するのでしょうか?
P1190968.jpg
その答えが北村の近くを流れる美山川にあります。

P1190981.jpg
橋を渡った向こうには民家はありません。
この橋の左側にかや場があって、冬場にこの場所で茅(ススキなど)を刈って、
乾燥させておきます。村の外れにはそれらの茅を収納している収納庫もあります。

(参考サイト)
『茅葺き職人のブログ』


(おまけ)
P1190977.jpg
ん?
電柱のてっぺんになんかおる。

P1190980.jpg
きっとトビの姿をした妖怪だと思う…^^


1日1回ポチッと応援お願いします。
更新の励みになります♪
banner_22.gif


スポンサーサイト


コメント

  1. kotaro | URL | 8nGiSIKA

    知井宮

    妙見から茅葺きの里まで、けっこう里数がありますが往還だったということは、何の物産を運んでいたのでしょう。
    それから、美山という地名は想像するに比較的新しい近年のものと思われます。
    私が京都で学生の時代は周山街道は、双岡、高雄、杉坂口、小野ときて市バスはここまで。ここから先は省以来の国鉄バスか京都交通だったと記憶します。
    京北はいつの間にか右京区に、でも「市内」じゃないですね。
    幕末の山国隊以来の周山の方が似合います。
    ここから弓削を経てトンネルを抜けて美山へ。一番遠くまで路線バスが走っていた頃は鶴ケ岡まで行ってました。
    ここのバスの駐泊所が残っていたので写真に写しています。

    「茅葺きの里」の元の郷名が知りたいです。
    知井宮、同じ地名が出雲にあります。ということは出雲系、加茂族の繋がりが匂います。
    櫟井(イチイ)の木を奉っていませんか。由来が知りたいし興味津々です。

  2. 新之介 | URL | sDz630us

    kotaroさん

    さすがよくご存知ですね^^
    調べると美山町は昭和30年に出来た地名で北桑田郡の大野村、鶴ヶ岡村、宮島村、平屋村、知井村が合併して出来た地名のようです。

    知井八幡宮の由緒には「当神社は、中世知井之庄九ヶ村の惣(総)社で、延久3年(1071)に創建」とい書かれているので、平安時代には知井と名乗っていたようですね。それ以前を調べると面白いかもですね。

    鶴ケ岡のバスの駐泊所の写真があるなんて
    かなりマニアック^^
    私の友人の家がまさにその場所です。
    遠い所ですよね。

    周山にも友人がおりまして、
    彼女が子供の頃は京都市内までバスで行くのに
    トンネルもほとんどなかったので
    とても大変だったと言ってました。
    ほんの30年前です。
    今は本当に便利になりました。

    といっても結構距離がありますけどね^^

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://atamatote.blog119.fc2.com/tb.php/303-4f8e0b8b
この記事へのトラックバック



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。