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三国の渡邊邸

2009年06月29日 07:00

時間が止まった場所、三国の渡邊邸

DSC08329.jpg
阪急三国駅から少し北東に行った所に高須温泉があります。

DSC08330.jpg
ええ感じのタイル文字♪
でもなぜ高須だかわかりますか?
そう、それはこの地域が元々
高須という地名だったからなのです。

mikuni_04.jpg
明治18年測量の地図です。字高須の文字が見えます。
黄色の道は能勢街道、橋は三国橋です。緑色は渡邊邸…。

mikuni_01.jpg
これは昭和4年頃の地図です。阪急三国駅が出来て、
駅を中心に町が発展していく様子がわかります。

mikuni_05.jpg
そして現在。三国駅は高架になり、駅前はロータリーとして整備中です。
今日は駅から約5分くらいの旧高須地域を歩いてみようと思います。

DSC08321.jpg
ここは旧高須地区の真ん中あたり、ええ感じの門構えです。

DSC08323.jpg
家の角にはお地蔵さんが祀られていました。
さっきまでこの石におばあちゃんが座って休んでました^^

DSC08338.jpg
この辺りには古い旧家がいくつか残っています。

DSC08334.jpg
おおっ、屋根の上にはこんな物が…
魔除けなのかな、にらまれちゃいました…^^

DSC08365.jpg
大阪市内とは思えない風景でしょ。

DSC08367.jpg
タイムスリップしてしまいそうです…。

DSC08391.jpg
ただ、ところどころで緑のフェンスを見かけます。
この地域は現在区画整理事業が進んでおり、この旧道も
近い将来なくなる予定です。

DSC08392.jpg
向こうになにやら茅葺っぽい屋根が見えてきました。

DSC08400.jpg
ここが渡邊邸です。中は公開されていませんので、外からだけのご紹介です。

DSC08403.jpg
この焼き板もええ感じでしょ。

DSC08433.jpg
この渡邊邸は築400年以上といわれていて、
大阪市内ではおそらく最も古い民家だと思います。

watanabe_01.jpg
「わがまち淀川区の史跡・旧跡」より
渡邊家は鬼退治で有名な源頼光(みなもとのよりみつ)の四天王の一人、
渡邊綱(わたなべのつな)の子孫、渡邊久良左衛門源忠綱(天正10年、1582年没)が
構えた屋敷跡と伝えられています。

watanabe_02.jpg
この写真は貴重な室内の写真です。建物は母屋と長屋門、土蔵等で、
母屋の大黒柱には直径1m、長さ7mという松の梁があり、
スノコの天井は創建当時のままと伝えられています。
大阪府の重要建造物に指定されています。

DSC08411.jpg
歩いていると、ここだけ時間が止まっているような錯覚に陥ってしまいます。

DSC08417.jpg
これは桃かな?

DSC08420.jpg
敷地内には大きなクスノキがあります。
風が吹くとザワザワと葉が音を立てます。

DSC08410.jpg
気候のいい日に歩いたのですが、
とても気持ちのいい風が吹いていました。


(おまけ)
DSC08441.jpg
『三国東地区土地区画整理事業』が進んでいますが、
計画を見ると三国温泉の場所は道路になる予定です。
ただ進捗率を見るとかなり遅れているようです。
今後の行方を見ていこうと思います。

DSC08383.jpg
別のお宅でこんな方もおられました…。

(関連記事)
さよなら渡邊邸(渡辺邸)2012.11.10
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三国の渡邊邸2009.06.29
facebook・渡辺邸(2009年6月撮影)

(関連サイト)
大阪市渡邊邸保存会
未来へつなごう、渡辺邸


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bahiru_wink3.gif
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コメント

  1. TOSSY | URL | mXJ0wlpU

    ええ感じですね

    大きなクスノキのある家は 近所にもあるのですが 家はすっかり新しいものになってしまっています
    一軒だけ残っていた茅葺の家も 4,5年前にはありましたが今はどうだろう・・

    姉の友人に三国の人がいまして ずっとずっと昔 その人のご近所の古いお家を見物させていただいたといっていたのを思い出しました
    ひょっとしたら この家だったのかも知れませんね
    中がすごかったと興奮して帰ってきたのを覚えています
    なんでも すごい昔の絨毯が座敷に敷いてあったとか・・

  2. ばんぼー | URL | t/Klp7tQ

    ありがとうございます^^

    アップ有難うございます。
    ラスト2枚目の道を通って、中学へ通っていましたよ。

    昭和4年の地図。私の生家はまだ出現していません^^
    しかも、川を分かりやすく太く書いてるからか、生家はほぼ川の位置です。おぼれそうです^^あと、自分の近所こそが高洲だったんですね。もう少し200m近く北東だと思っていました。

    私の伯父は子供の頃、食べたスイカの皮が小川(別名運河)に流れたそうです。しかしその川も、私の生まれたS40年から45年は水流も無く、いわゆるどぶ川だったように思います。日本の繁栄と背中あわせの負の部分です。

    どぶ川側は万博を境に埋め立てられましたが、神埼川は70年代にはいっても異臭を依然として放っておりました。伯父の家に遊びに行くと、神埼川に連れて行ってくれて、汚れた川に苦しそうに浮いてくるフナを網ですくい取るのでした。伯父の家のアヒルの食事になりました^^

    川向こうの豊中市(あるいはギリギリ大阪市)の珍しい家並みをみるのが散歩のコースでした。家の壁にプロペラを貼り付けた家を見るのが好きでした。最後に三国の商店街でソフトクリームを買ってくれるのでした。

    三国で代表的なのは、やはり渡邊邸ですが、もう一つ古いものがあります。藻井生々堂です。すぐそばの十八条です。
    薬屋さんで、1560年にさかのぼるようです。
    http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/townorche/2005/01/town20050120.html
    ここはお店なので、いろいろ古い話が聞けそうですね^^
    私も一度聞きに行ってみたいものです。

    三国には、オイルショック以前は沢山の工場がありました。
    日本アルミ、東洋電機、大阪電気・・・

    あと、お風呂屋さんが多いこと(多かったこと?)
    思い出すだけでも無くなったもの含めて7つほど出てきます。
    三国はある意味新参者の受け皿的な場所だったのかも知れません。

    再び来た不況。今回の不況も町の姿を変えるかもしれません・・・

  3. 新之介 | URL | sDz630us

    TOSSYさん

    見学されたのが渡邊邸であれば
    すごく貴重な体験ですね。
    渡邊邸は、資料を探してもなかなか出てきませんでした。
    ベールに包まれている感じがしす。
    でもこういうお屋敷はそれでいいのかもしれませんね。

  4. 新之介 | URL | sDz630us

    ばんぼーさん

    藻井生々堂は以前撮った写真が
    あったので記事にします。
    藻井生々堂はTOSSYさんにも
    教えていただいていたので知っていました。

    ドブ川といえば、十三の中島大水道や大野川も
    昭和30年代後半にはドブ川化していたようで
    昭和40年前後に埋め立てられています。

    大阪のあちこちの水路は万博前に
    埋められてしまったんでしょうね。
    臭いものには…というやつでしょうか。
    時代的に仕方がなかったのかな…

    神崎川もそうでしたが、淀川も汚かった。
    川底にはヘドロが溜まっていました。
    歩くとズブズブ、足が抜けなくなりました。
    ゴジラ対ヘドラという映画もありましたね。

    今は綺麗になりました。
    でも、昔の淀川を知ってるだけに
    淀川で採れたシジミはよう食べません。
    美味しいらしいのですが…

  5. とくさん   | URL | -


    初カキコいたします。三国に十余年住んでおりました。「 血の道 」 から歩いて一分のところです。

    風呂無し文化でしたので、もちろん 「 高須温泉 」 の常連です。灯台下暗しで,地元の事を何も

    知りませんでした。こちらのブログを読ませていただいて、あらためて行ってみようと思っています。

    私も古い家並みを探して歩くのが好きですので、またお邪魔させていただきたく存じます。

    有難うございました。

  6. 新之介 | URL | sDz630us

    とくさん

    はじめまして♪
    とくさんの「貧食亭日記」、面白そう。
    http://tanukibcabainejp.blog24.fc2.com/
    ちょこちょこのぞかせてもらいます。

    灯台下暗しは私もでした。
    最近ですよ、地元をいろいろ調べだしたの。
    調べると結構愛着がわきますね^^

  7. yuge | URL | -

    いろいろと

    十八条は懐かしい。今はいない母から「血のみち症」という何かわからん女性特有の病気の薬があって、この渡邊邸のようなところで売っていたようです。何か木の根っこのような煎じ薬で、母に頼まれて買いに行ってました。 あと淡路も懐かしい。まだアカシヤがあるんですね・・・。

  8. 新之介 | URL | sDz630us

    yugeさん

    この辺りのご出身だったのですね。
    でも、三国周辺も淡路周辺も土地区画整理で
    懐かしい場所がどんどん無くなって行きます。
    とてもさびしい。
    今のうちにそんな懐かしい風景を
    記録に残しておきたいと思っています。

  9. | |

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  10. | |

    承認待ちコメント

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  11. 高橋時生 | URL | O9ZDKjI6

    渡辺家の思い出

    私は香川県の土庄町から三国に引っ越して、昭和38年の中学三年生になる春から三国中学に一年間通学しました。信号機も無い田舎から引っ越し、学校の行き帰りの道を迷わないように渡辺家を目印に通ったものです。この渡辺家の側に妹の友人で森さんの家があったことも思い出しました。今は58歳になっているのでしょう。先日、ニュースをみてネット検索したら写真いりで丁寧に説明があり懐かしく思い出しました。

  12. suifu | URL | EMWdxBEo

    貴重な記録をありがとうございます

    渡邊邸が取り壊されるとのニュースを目にしてから一週間。おりにふれ検索した結果、新之助さんのこのページにゆきあたりました。私は、渡邊さんの家のすぐ傍で「どぶ川」にはまったり、蓮池でザリガニを取ったりしながら育ちました。三国温泉にも高須温泉にもよく行きました。フルーツ牛乳が懐かしい。30年程前に大学を出てまもなく東京で働くようになり、以降、実家に帰省はしても三国に住んだ事はありません。最近は中途半端な再開発事業が進み、歯抜けの土地と不似合いな新しい(往々にして悪趣味な)建物に心を痛めておりました。小中学校の同級生たちもほとんどがこの街を去って行きました。その中で、渡邊邸の大きな、大きなクスノキだけが、子どもの頃と同じように、空にむかって大きく手を広げて私の帰省を待ってくれている、そんな思いで散歩の度に見上げていました。渡邊邸が取り壊され、クスノキが切られ、もう私の知っている三国は本当になくなってしまうのだな、と感じます。とてもとても残念なことですが、新之助さんが記録にとどめてくださったこと感謝します。写真にうつっていた旧家の一つは、私の祖母方にあたる本家(ほんけ)でした。万物流転は世の習いですが、渡邊邸は再開発にもひっかからず、あのクスノキも私が生きている間はそこにあり続けるものと勝手に思っていたのですが。(長文失礼しました)

  13. 仁勇 | URL | vaKHWNlc

    ご支援感謝!

    博識で、野次馬根性たっぷりの新之介さんには、いつも敬服しております。
    このサイトは参考にして、時々、ちょっと盗ませて頂いてます。

    さて渡辺邸のことです。
    区内全域の署名も、総務課に聞きましたら、文化に関しては記憶にないとのこと。
    できる限りの方策を捻り出していますが…。駄目です。

    解体作業は着実に進んでいます。

    しかし我々は諦めていません。
    6・7・8日と10~4時まで自敬寺境内で写真展をします。
    また保存会メンバーもできるかぎり集まり、懇談会や案内ツァーをします。

    よろしければお越し頂いて、ご意見をお聞かせください。
    待っております。

  14. 新之介 | URL | sDz630us

    高橋さん
    そうですか。
    この地域は区画整理事業で少しずつ町並みが変わってきている地域でもありますが、この一角はわずかですが懐かしい雰囲気が残っています。
    渡辺邸の解体は本当に残念。最後まで記録し続けたいと思います。

    suifuさん
    突然の解体のニュースに私も驚きました。
    皆さんの昔を懐かしむコメントを読むと心が痛みます。
    あのクスノキだけでも残って欲しいと思うのですがどうなるのでしょう。奇跡を信じながら最後まで記録していきたいと思います。

    仁勇さん
    仁勇さんをはじめ保存会の皆さんの精力的な活動にただただ感服するばかりです。写真展に行く事は出来ませんでしたが、皆さんと同じく最後まで見届けたいと思います。奇跡を信じて…

  15. sawaty | URL | -

    懐かしいとともにショックです

    渡辺邸のすぐ横の家で生まれて25年間住んでいました。この投稿ではかなり詳しく地元を紹介していただきありがとうございます。
    当時の記憶が走馬灯のごとく蘇りました。
    仕事の都合でもう三国を離れて15年経ち、友達ももう地元にはいませんが、渡辺邸、もう壊されてたんですね。凄くショックです。
    今度三国に立ち寄る用件があるので、見に行ってみます。
    この記事は当方のFacebookにてシェアさせていただきたく、お願い致します。当時の仲間も喜ぶかと思います。

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