十三のいま昔を歩こう

梅田の街と十三(じゅうそう)の町を中心に、大阪の近代史を歩く歴史ブログです。

2008年

05月09日

(金曜日)

知ってるつもり 阪急電車

知ってるつもり?! 阪急電車 

大阪ー舞鶴間を走る阪鶴鉄道(現JR福知山線)は、明治39年に公布された鉄道国有法によって国家に買収されることになりました。社長他数名は新たに発起人となり、阪鶴鉄道が支線として許可を得ていた池田ー大阪間の路線を生かし、電気鉄道の設立を計画することになります。しかし、日露戦争後の好景気の反動で株価が急落し、発行株の約半数が失権株となってしまい、株主からも会社の解散を迫られることになってしまいました。

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当時、阪鶴鉄道の監査役に就任していた小林一三氏は、阪鶴鉄道が国有化になって解散したので、精算人として阪鶴鉄道の本社に出社しており、重役会議に出席することもあったようです。一三氏は計画路線を2度ほど往復しており、沿線に住宅地を開発すればウマくいくと考えていました。そして、三井銀行時代の上司であり、北浜銀行頭取の岩下清周氏に相談し支援を取り付けます。その後、一三氏は発起人達に全権を任してもらえるように説得しています。「金銭上の責任は全部私が負担します。万一解散する場合は株主に対して一文たりとも御損はかけません。」当時33歳です。度肝が据わった方です。そして郷里の知人達に株式の引受をお願いして回り、不足株を北浜銀行が引受け会社設立に着手しました。

明治40年10月19日、創立総会が開催され社名を箕面有馬電気軌道株式会社に改めました。明治41年8月、大阪梅田―宝塚間と箕面支線の工事の認可申請を行い、10月に認可されると早速着工、明治43年3月10日、梅田―宝塚間と箕面支線が開通しました。

kobayashi.jpg
小林一三 (阪鶴鉄道監査役時代) 「電鉄時代の幕開け」より 
若い!凄過ぎ!

umeda310.jpg
明治43年3月10日、開業日の梅田停留所 「阪急電車駅めぐり」より
見覚えのある写真ではないでしょうか。阪急電車の歴史を語る上で必ずと言っていいほど紹介される写真です。右に電車が写っています。アーチのモサモサは何でできているんでしょうか。

umeda01.jpg
明治43年頃の梅田停留所 「阪急電車駅めぐり」より
開業時の装飾を取るとこの姿になるのですね。

kanzaki.jpg
明治43年頃の神崎川橋梁を走る1型電車 「阪急電車駅めぐり」より

takara.jpg
明治43年の開業時の宝塚停留所 「阪急電車駅めぐり」より
見づらいですが手前に電車が写っています。ここでもモサモサで装飾されています。

takara02.jpg
宝塚停留所 「電鉄時代の幕開け」より

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明治43年の開業時の箕面停留所 「阪急電車駅めぐり」より
こちらもモサモサですね。

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明治43年11月 箕面動物園正面 「阪急電車駅めぐり」より
「園の広さは三万坪、だらだら坂を曲りまがって中央の広場には余興の舞台がある。数十町の道に沿うて動物舎がある。渓流の一端を閉じて池を造り、金網を張った大きい水禽舎には数十羽の白鳥が高く舞う。」「逸翁自叙伝」より

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明治43年11月 箕面動物園 象の曲芸 「阪急電車駅めぐり」より
この動物園、大正5年には廃止されています。自然環境を生かした猛獣舎が軽微な地震でも亀裂等が起こり、万一のことを考え廃止したようです。一三氏も自叙伝で失敗について語っています。


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コメント

待ってました

阪急編 待っていました

いま 宝塚戦略を読んでいますが 本当に小林一三って凄い人ですね

私もこの本で初めて箕面に動物園が有ったってことを知りました
これ 短い期間だったからあまり知られていないですよね キチョウな写真の紹介ありがとうございました

私は 子供時代を阪急の開発した住宅で育ちました
毎日アズキ色の電車を見ていました 家のすぐ横を伊丹線が走っていたのです

箕面有馬殿区鉄道は みみず電車と呼ばれていたそうですね
田んぼの中を走るミミズ そういえば 色が似ている

良い悪いはその後の歴史が判断することになるのですが、江戸時代末期から昭和初期にかけて日本を動かしてきた人たちは皆若いですし、大きな理想に燃えていましたね。
失敗してもへこたれないし、死ぬことも予定には入れていない。

今はとにかく”上手いことやる”のを心がけている人が多いようです。老若男女問わず。もちろん私もそうだろう...

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アーチのモサモサとねんねこ

>>アーチのモサモサ
たぶん植物、なにか木の枝じゃないでしょうか?
菊人形みたいに、日本人は得意なのかな?
もうすこしクリヤーですと見物人の風俗が面白そうですね。
このころの子供は、冬はみんなねんねこでおんぶされて育ったのですね。鳥打帽(あえてハンチングと書かず)にトンビと称するコートらしき紳士も見えますね。

宝塚は、今津線で4年間通学した間に、数え切れないほど行きましたが、最初の停留所の建屋もなかなか良いですね。

若い頃の写真の眼の光は素直だが・・・

一枚目の写真は、晩年の写真の印象とずいぶん違うように感じていたところ、次のような記述がありました。

>>阪田寛夫がニューヨーク・タイムズの小林一三の訃報を紹介する前口上として、
「若い頃の写真の眼の光は素直だが、齢をとってから発光の奥行き深くなって来ている。この眼で直視されたら恐ろしかっただろうと思われた」

現在読売新聞に連載中の堤清二回顧録「叙情と闘争」 9 小林一三の残光より(2008年3月22日掲載・・・たぶん来年刊行されるはず)

>>「本来は小説家として起つ志望だった由で、すでに十八歳の慶応学生時代に事件小説『連絲痕』を郷里の山梨日日新聞に連載」

>>小説「曽根崎艶話」は、そんな小林一三が「心ならずも」銀行員になり、再度大阪に赴任して久しぶりに書いた作品らしい。

・・・などなど、清水雅氏を通じて、小林一三を電鉄経営・百貨店経営の師と仰いだ西武グループの堤清二さんの回顧録には他にも小林一三について興味深い記述がたくさん見られます。

次は梅田駅

TOSSY様

小林一三さんって、昔から名前と偉業がすり込まれているんですよね。なぜかなぁと考えると、おそらく学生の頃によく聞いていたFMラジオです。番組の間に、阪急のラジオコマーシャルで小林一三氏を取り上げていて、バックに唱歌が流れていたんです。それを毎週聞いていたので、すり込まれているんです。でも、実際に本とかを読んだことがなかったので、今回あらためてすごい方だったことを知りました。

TOSSY様の子供時代は伊丹の方だったんですね。阪急沿線に住んでいると、阪急の梅田駅はいろんな思い出がありますよね。今度は梅田駅を調べていきます。
TOSSY様の「さようなら 旧梅田駅コンコース」のブログは大好きです。

日本を動かしてきた人たち

ゆきひろ様

おっしゃる通りですよね。
ただただ関心するばかりです。
あの時代にはなぜ偉大な人達が多く出てきたんでしょうか?「そういう時代だった」だけでは語れない何かがあったような気がします。

小林一三について

pinboke_planet様

モサモサはやはり植物なんでしょうね。
かなり大量の材料が必要ですよね。
前から気になっていたんです。

明治時代の写真の風俗は面白いですね。
ハンチングはこの時代にはもうあったんですね。

堤清二氏の回顧録はたいへん興味深いです。
東急の五島慶太氏も一三氏に影響を受けた一人だと何かで読みました。
今、一三氏の自叙伝をよんでいます。
まだ途中ですがたいへん面白いです。

伊丹ではなくて

尼崎なのですよ
阪急塚口です でも 200mほど歩くと伊丹市でした
電車が開通と同時に住宅地が開発されて売り出されたのでしょう
地番は 字何とかというのが正式でしたが 通常は みんな 阪急住宅地○町何丁目と呼んでいました
町名は 松竹梅桜菊緑と伊丹線側から順に並んでいました
今の塚口町1、2,3丁目あたりになるでしょうか

子供時代は 電車もデパートも野球も遊園地もすべて阪急一色でした

「塚口ですか」

TOSSY様

失礼しました。塚口でしたか。
Googleマップを見ると、
区画がきれいに碁盤の目になっていますね。
塚本に住んでいると、よく「塚口ですか」と
間違われます。
塚本に住んでいる人は
一度は言われているのではないでしょうか(笑)

懐かしい阪急電車

阪急電車の歴史を拝見、改めて小林一三氏の偉大さを見直しました。私は昭和14年から昭和20年まで宝塚線を、昭和36年から昭和61年までは京都線で十三経由塚口まで神戸線を利用、合計すると31年間阪急電車にお世話になっていました。この間に車両も随分新しくなりましたが、小豆色の車体色だけは全く変わっておらず、創業以来というのは全国の私鉄を見ても珍しいことです。阪急百貨店の大食堂のクリームコロッケは人気のメニューで、子供心にわくわくしながら食した記憶が鮮明です。ソーライ(食堂でご飯だけとり、テーブルの上にあるソースをかけて食べること)は最も安い百貨店食堂での食事の方法ですが、実際に見たことはありませんでした。ただ良く耳にした言葉ではありました。今女性専用車がありますが、戦前も宝塚線では中学生(男子)と女学生とは乗車する車両が決まっていました。(車両に掲示はないのですが、当時の教護連盟の指導で暗黙のキマリでした。今では全く考えられない事が現実でした)色々思いつくままに。

錯覚

伊吹卓さんという、私が尊敬する経営コンサルタントさんがおられるのですが、小林一三さん、江崎利一さん、松下幸之助さんの三人を優れた経営者として研究されていて、よく話しに出てきます。話の中で生き生きとして感じられたので錯覚していたのですが、私の祖父が生まれる前に33歳で鉄道事業に乗り出す……という時代の人だったのですね。

私も塚口で生まれたので阪急電車には物覚えがつくころから馴染みがあるのですが(よく線路に入り込んでいましたが、よくあんな危ないことをしたものです)なぜか阪急電車沿線に住んでいた時期にいい思い出がなくて遠ざかっています。

ソースライス

西岡様

小豆色の車体は変わらないですね。変える所と変えない所にメリハリがあるのが阪急の魅力かも…と思いました。ソーライは年史を読んでいても出てきますね。かなり有名だったんですね。たしか、ライスに福神漬けが付いて、ソースの味と福神漬けの2つの味を楽しめたそうです。男女別車両の事も書いていました。でも、事務的に書かれている年史より西岡さんのコメントの方がリアリティがあります(笑)。

次は松下幸之助さん?

むくのきやすお様

塚口でしたか。
なぜかみなさん塚口に縁があるんですね。
以前、江崎利一さんについては少しだけ書物を読みブログでも書かせていただきました。すばらしい方ですね。小林一三さんも知っているようでほとんど知らなかった方です。すごい方ですね。松下幸之助さんはまさに私にとっても「知ってるつもり?!」の方です。皆さん、私のブログのエリア内です(笑)。いつか福島区での松下幸之助さんを書くことになるのでしょうか…。

やはり阪急電車、懐かしいです。
JRの路線のない豊中市からの移動手段は、阪急電車が多かったです(吹田万博開催以降は、場所によっては北大阪急行→大阪市地下鉄のコースも使いましたが…)
大阪梅田、神戸三宮、京都の四条河原町や嵐山、宝塚・箕面など、1本で3府県を移動できるので便利だと思いました。
また、前述しましたが、小生、高校は府立北野高校に通いました。この通学の時にもお世話になった鉄道です。

阪急電車の引力

alcoholicdrunken様

豊中はやはり阪急のイメージが強いですね。
阪急電車には誰もが好きになってしまう引力みたいなものが
あるのではないかと思ったことがあります。
私は、阪神、阪急、JR、近鉄など、
通勤や通学で利用したことがあります。
しかし阪急電車だけが違う雰囲気を発しています。
それはおそらくあの梅田駅の空気感なんだろうなぁと
思っています。教会みたいな雰囲気がありましたよね。
あそこを通っていると阪急が好きになってしまうのかもしれません。

小林一三の通勤風景

 子供の頃母親が大阪への買い物から帰ってきて、「今日(小林)一三さんが乗ってはったよ。外向いてちゃんと立ってはった。」と感心した口調で私に話してくれました。
 感心の意味は、昔の感覚で言えば偉い社長さんが、席が空いているのに自分の会社の電車ということで公私を峻別しているその態度にということだったでしょうか。
 母が自分で気がついたのか、あるいは乗り合わせた客が車内で袖引きして「乗ってはるよ。」とささやきあっていたのかもしれません。
 その頃は社長職から引退して恐らくラッシュをはずしての通勤だったのでしょうが、宝塚線ではむしろ見なれた光景だったのかもしれません。

「一三さんが乗ってはったよ」

increscentmoonさん

すごーい!
お母様はラッキーですね。
私たちからすると、小林一三氏は歴史上に人です。
その一三氏が電車で通勤しているところに乗り合わせたなんて…。それも立っておられたんですね。本で読んだ通りです(笑)。
すごーい!!

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 プロフィール 

新之介

Author:新之介
塚本と十三で育つ。
196X年生れ。大阪の歴史をわかりやすく伝える方法を研究中。
若い人達にも関心を持ってもらえるように、大阪の近代史を面白く伝えていきます。
目指すは『一分で読める歴史ブログ』。

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