十三のいま昔を歩こう

梅田の街と十三(じゅうそう)の町を中心に、大阪の近代史を歩く歴史ブログです。

2008年

03月23日

(日曜日)

十三の由来 4 

十三の由来 4 呼び方篇

「十三」という地名の由来を調べていく中で、一番古い記載は元禄十四年(1701年)に刊行された「摂陽郡談」であると以前書きました。しかし、当時それを「じゅうそう」呼んでいたかはわかりませんでした。読み方についての手がかりを偶然見つけました。

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P1060175.jpg
中之島で見つけた石碑です。道が二又に分かれている場所にあります。寛政十一年(1799)に建てられたと記されていました。「右ハ 梅田 十そう 大仁 尼がさ紀 左り 安治川 やぐら迄十七丁程」と記されています。

hi01.jpg
「十三」ではなく「十そう」と刻まれています。旅人にとって「十三」は読みにくいので、「十そう」としたのでしょうか。この時代、「十三」は「じゅうそう」と呼ばれていたことがわかります。


大きな地図で見る
石碑の場所です。ちょうどとなりで中之島ダイビルが建設中です。

map001.jpg
明治19年の地図です。石碑のとおり、右に曲がり道なりにいくと大仁(だいに)村にたどり着きます。そこから、十三へ向う道と尼崎方面へ行く道に分かれます。尼崎方面へ行く道は野里の渡しを渡ることになります。


もうひとつ、呼び方の手がかりを見つけました。

元禄4-1691
元禄四年(1691)の大坂大絵図です。何度かみていた地図なのですが、この地図にもちょっとした発見がありました。

jiuso.jpg
川の中に「ぢうそう渡」の文字が確認できます。成小路村から渡し舟が出ていて、ここが十三の渡しだと分かっていたのですが、「十三」の文字がなかったのでこの地図を重要視していませんでした。この地図は「摂陽郡談」より少し古い1691年です。

今回、元禄四年、西暦1691年には、「十三」を「ぢうそう」と呼んでいたことが分かりました。さて、この先どこまでさかのぼれるのでしょうか。

(関連ページ)
十三の由来3 摂陽郡談篇

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★テーマ:大阪 - ☆ジャンル:地域情報

コメント

パチ パチ パチ

拍手です
古い中から まぁ よく探されましたね

元禄4年 忠臣蔵よりも古いですよ

それに石碑も・・

このblog 今に出版物ですよ

みんなが覚えていることを持ち寄って もっともっとひろがれば良いですね

もっとひろがれ

TOSSY様

なんで読み方が「ぢうそう」なんですかね?
いまだに謎のまんまです。
「三」を「そう」と昔は読んでいたのかな?
そこを調べていくと、由来のヒントがありそう…。

みなさんのコメントがこのブログの宝物です。
できるだけ、コメントが書きやすいように
敷居を高くしないように心がけていくつもりです。
とっつきやすい、歴史ブログになっていけばいいのかな…と、思っています。

出版は無理です…(笑)

ひょっとして「十祖」が転じたのでは

慶長10年(1605年)摂津国絵図が最古のもののようで、これには中津川十三渡しがあり、「十祖」の記載もあるようです。私が自分で確かめたのではなく、下記のWEBに書かれています。
http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/timei04.htm#
以下は全くのこじつけになりますが、「祖」は道中の安全を守る神で、「十」は多いことを指す言葉でもあり、渡しを多くの神様に守って頂こうというところから、最初に「十祖」と言われていたのが、数の13に関係して「十三」という名前が出てきた。しかしそれまでの「十祖」も捨てがたく、三を「そう」と発音するようになった。貴重な発見をされた新之介様には全くのお笑いだと思いますが、年寄りの戯言とお許し下さい。

十祖説

西岡様

「十祖」からという説は非常に面白いですね。
「十祖」という文字は今まで見てきた資料になかったと想いますので、新説かもしれません。西岡様の説でいうと、渡しができる時期につけられた名前ですね。それもいいですね。

私自身、仮説として「十三」はもともと渡し出来る前からあった地名ではないかと思っているのですが、渡しを設ける時に、安全を願ってつけた名前というのが説得力があります。(上流から数えて13番目の渡しという説がどうも納得いかないのです…)

後は検証ですね。残念ながら慶長10年の摂津国絵図は今まで見たことがありません。是非探して、「十祖」がどう書かれているのかを知りたいです。

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新之介

Author:新之介
塚本と十三で育つ。
196X年生れ。大阪の歴史をわかりやすく伝える方法を研究中。
若い人達にも関心を持ってもらえるように、大阪の近代史を面白く伝えていきます。目指すは『一分で読める歴史ブログ』。

戦前、十三公設市場近くに淡路屋という米屋がありました。新之介のルーツがそこにあります。

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