このエントリーをはてなブックマークに追加

伊勢古市の麻吉旅館

2012年06月18日 22:20

伊勢古市参宮街道を歩く(3)
寂照寺と麻吉旅館

IMG_6118.jpg
古市街道を歩いていていると古い建物が少ない事に気付きます。
調べてみると、昭和14年の火事と昭和20年の空襲によってかなりの範囲が焼けたそうです。旧街道を歩くとそういうことにも気付かせてくれる。

IMG_6119.jpg
ええ感じの防火水槽だ。

IMG_6125.jpg
普通に赤丸ポストもあった。

IMG_6299_20120617234610.jpg
コカコーラの看板に

IMG_6300.jpg
ファンタの看板。いいですね。

IMG_6170.jpg
さて、こちらは寂照寺(じゃくしょうじ)。
月僊(げっせん)上人遺跡と刻まれた立派な碑が街道沿いにある。

IMG_6129.jpg
あの江姫の娘・千姫の菩提を弔うために延宝5年(1677)に知恩院第37世寂照知鑑上人によって創建された寺なのだそうです。

IMG_6131_20120617233124.jpg
明るくきれいな境内。

IMG_6133_20120617233517.jpg
さりげなくくぐった山門は国の登録有形文化財だそうです。

IMG_6136_20120617233516.jpg
寺を再興した月僊上人の像。
画家としても有名だった方のようです。

IMG_6143.jpg
こちらが本堂。

IMG_6137.jpg
月僊上人像の右手にあった観音堂も国の登録有形文化財です。

IMG_6153.jpg
中をのぞくと観音さんのお写真が。

IMG_6144.jpg
こちらの金毘羅堂も国の登録有形文化財だそうです。

IMG_6156.jpg
中をのぞかせていただきました。

IMG_6159_20120617233854.jpg
こちらはきれいに改装されていますが、
中に回転式八角輪蔵というのがあるそうで、こちらは県指定文化財のようです。

IMG_6158.jpg
文化財だらけですね。
ふらっと立ち寄っただけなのですが、さりげなくすごい寺でした。

IMG_6172_20120617233853.jpg
さて、先に進みましょう。

IMG_6173.jpg
電柱看板に「旅館麻吉」の文字が。

IMG_6175.jpg
横道の一番奥に古そうな建物が現れました。

IMG_6176_2.jpg
こちらが今回の街道歩きの目的のひとつ、

IMG_6179_20120617234020.jpg
旅館 麻吉です。

IMG_6296_2.jpg
これは2階建ての建物ですが、

IMG_6183.jpg
土地の高低差を利用して建物が下まで続いている。

IMG_6184.jpg
案内板がありました。

IMG_6187.jpg
その横に気になる道標。
「左 あさま 二見 へちか道」

IMG_6185.jpg
この案内板を読むと麻吉のことがほぼわかります。

IMG_6190.jpg
麻吉旅館
所在 伊勢市中之町
麻吉のあらまし

IMG_6194.jpg
麻吉の創業は明らかでありませんが、天明2年(1782)の古市町の屋並図に記されているので、それ以前であることは確かです。

IMG_6209_20120617234232.jpg
もと花月楼といい、茶屋でありました。明治時代県下では珍しい三層楼として、伊勢音頭の舞台を持ち、芸妓も30人ほど常時抱えた県下第一級の大料理店でありました。

IMG_6254.jpg
麻吉の伊勢音頭は「つづら石」といい、近傍の巨大な名石を主題としたものでありました。

IMG_6249_20120617234210.jpg
現在4棟の中心建物があり、いわゆる懸崖造りで最上層まで6層級に及んでいます。

IMG_6238.jpg
この最上層からは、はるかに朝熊山・二見なども遠望でき、聚遠楼の名で喧伝されました。多くの文人たちの会も盛んでありました。

IMG_6245_20120617234446.jpg
憲政の神様尾崎咢堂(1858~1954)が来勢のとき必ず常宿としたという、閑静な離れの部屋も保存されています。

IMG_6225_20120617234445.jpg
麻吉は、かつての古市街の華やかさを偲ぶことのできる、唯一の遺構となっています。(案内板より)

現在古市の町には遊郭時代を偲ぶ建物はここしか残っていません。
それは町自体が空襲で大きな被害を受けたことも影響しています。
そういう意味でもこの建物はとても貴重です。

IMG_6224_20120618214515.jpg
下まで下りるとなにやら大きな岩が祀られていた。

IMG_6222_20120618214514.jpg
これが案内板に書かれていた「つづら石」でしょうか。
昭和49年にこの辺りが開発された時この地に安置されたのだとか。

さて、ふたたび上へ。

IMG_6240.jpg
絵を描いている方がいらっしゃいました。

IMG_6220_20120617234353.jpg
観光客もまばらなので、ここでひとり時間を過ごしているとタイムスリップしてしまいそうです。

IMG_6242.jpg
空襲の被害を免れよくぞ残ってくれました。

IMG_6261_20120617234614.jpg
こちらの建物は登録有形文化財です。

IMG_6294.jpg
旅館として現在も営業されていますので、
中を見学されたい方はお泊まりになるのはいかがでしょう。
私もいつか泊まってみたい…

Facebookのアルバム・伊勢古市の麻吉旅館


より大きな地図で 古市参宮街道 を表示


(関連記事)
伊勢古市参宮街道を歩く(1)お蔭参りとおかげ横丁2012.06.13
伊勢古市参宮街道を歩く(2)古市遊郭の歴史2012.06.16
伊勢古市参宮街道を歩く(3)寂照寺と麻吉旅館2012.06.18


ポチッと、応援よろしく♪
bahiru_wink3.gif
このエントリーをはてなブックマークに追加

古市街道と古市遊郭の歴史

2012年06月16日 16:25

伊勢古市参宮街道を歩く(2)
古市遊郭の歴史

IMG_5990.jpg
猿田彦神社です。

IMG_5991.jpg
猿田彦大神はすべてのことの先駆け、人々の善い方に導き、世の中の行方を開く「みちひらき」の神として識られているとある。そういえば天神祭の陸渡御の先頭を行くのも馬に乗った猿田彦ですね。

IMG_5997.jpg
とても立派な拝殿です。

IMG_5634.jpg
拝殿前にあるのは古殿地と刻まれた方位石。

IMG_5633.jpg
この場所は昭和11年の御造営まで永く御神座のあった最も神聖な場所なのだとか。パワースポットというやつですね。

IMG_6001.jpg
神社の角を曲がると坂になっている。

IMG_6003.jpg
ここには明治維新まで宇治惣門とよばれる黒門があり番屋があったそうだ。

IMG_6007.jpg
坂がずっと続いているが、

IMG_6006.jpg
牛谷坂と呼ばれる坂で、延宝2年(1674)に内宮長官の藤波氏富が私財を投じて改修したのだとか。それまでは険しい道だったのでしょうね。

IMG_6005.jpg
古市参宮街道の案内板。

IMG_6016.jpg
ゆるやかな坂をのぼりきったところに大きな石灯篭があった。

IMG_6021.jpg
奉献 両宮常夜灯。雨宮ではありません…

IMG_6019.jpg
外宮から歩いてきた参拝者にとって大きな目印だったのでしょう。

IMG_6025.jpg
その横に両宮参拝碑というのもあった。

IMG_6029.jpg
しばらく普通の人家が続きます。

IMG_6028.jpg
なんかいい感じの看板。
「親がまず手本を示そう正しい横断」
子供の頃は黄色い旗をもって渡ってたよな…

IMG_6041.jpg
桜木地蔵の表示看板がまたあった。常夜灯のところにもありましたよね。気になるので行ってみました。

IMG_6043.jpg
街道から200メートルほどゆるやかな坂を下ったところにある桜木地蔵尊。

IMG_6047.jpg
桜の大樹の元に鎮座していた地蔵さんだったようですね。
桜木町の地名にも由来しているのでしょうか。

IMG_6053.jpg
地元の方々に大切にされている地蔵尊でした。

IMG_6063.jpg
さて再び古市街道に戻ります。

IMG_6065.jpg
月讀宮(つきよみのみや)への道標。

IMG_6066.jpg
大きな交差点に出てきました。

IMG_6071.jpg
下には伊勢自動車道が通っています。

IMG_6077.jpg
その角にあるのが「伊勢古市参宮街道資料館」。

IMG_6078.jpg
入館無料です。

IMG_6083.jpg
こちらには古市遊郭の資料がたくさん展示されています。

IMG_6088.jpg
「伊勢古市備前屋牛車楼踊之図」。
寛延年間に備前屋にて伊勢音頭の踊を始めて名物になっていたことが「宇治山田市史」に書かれていましたがその様子でしょう。

IMG_6089.jpg
これは「伊勢古市備前屋桜花楼踊之図」。

IMG_6090.jpg
こちらも「伊勢古市備前屋桜花楼踊之図」です。
3枚とも同じ備前屋なので、おそらく牛車楼から桜花楼に名前を変えたのではないでしょうか。

IMG_6092.jpg
こちらは旅館「大安」の資料。

IMG_6098.jpg
街道沿いの正面玄関。こちらは旅館として昭和40年代まであったようです。

(参考サイト)「ちょっと古めの写真集<伊勢編>

IMG_6097.jpg
裏側からみた「大安」の建物全体。凄い。

IMG_6100.jpg
こちらは「矢津屋」。

IMG_6099.jpg
本館の玄関口。昭和18年に旅館業を廃業しています。

IMG_6091.jpg
こちらは杉本屋 菊喜楼。

IMG_6102_20120614231713.jpg
こちらは「油屋」の銅版画。

IMG_6081.jpg
油屋といえば「お紺の油屋騒動」が有名で「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」として歌舞伎で上演されたのだとか。

IMG_6094.jpg
こちらは旅館「麻吉」。
現在も旅館として建物が残っています。

IMG_6112.jpg
人物写真も数枚飾っていました。

IMG_6113.jpg
当時の芸妓さんの写真でしょうか。

IMG_6084.jpg
館内に古市遊郭の歴史をパネルにしていたのですが、とても分かりやすかったので書き起こしました。

furuichi_yukaku.png
画像をクリックすると大きい画像(png)が見れます。
PDFのデータはこちらからどうぞ

IMG_6105.jpg
館内にはその他にも街道にまつわる資料があります。
こちらは「萬金丹」の置き看板。
萬金丹は腹痛、胃腸薬など万病に効く丸薬として全国的にも有名で、安価だったこともあり一般庶民にも入手しやすすい常備薬でした。伊勢には野間萬金丹、小西萬金丹、岩城萬金丹など数業者があったようです。

IMG_6106.jpg
これは萬金丹の製造道具ですね。



より大きな地図で 古市参宮街道 を表示


(関連記事)
伊勢古市参宮街道を歩く(1)お蔭参りとおかげ横丁2012.06.13
伊勢古市参宮街道を歩く(2)古市遊郭の歴史2012.06.16
伊勢古市参宮街道を歩く(3)寂照寺と麻吉旅館2012.06.18


ポチッと、応援よろしく♪
bahiru_wink3.gif
このエントリーをはてなブックマークに追加

お蔭参りとおかげ横丁と古市参宮街道と

2012年06月13日 23:45

伊勢古市参宮街道を歩く(1)
お蔭参りとおかげ横丁

ise_map.png
大正9年測量の宇治山田市の地図です。
伊勢神宮の外宮(げくう)から内宮(ないくう)に繋がる古市街道(古市参宮街道)。昔から多くの参詣客で賑わった街道です。外宮から内宮に歩くのが一般的かもしれませんが、今回は内宮側から歩いて行きました。

IMG_5722.jpg
内宮の宇治橋前です。ここから古市街道を歩いて行きます。

IMG_5716.jpg
日曜日の午前中ですが、時間が早いので観光客もまばら。

IMG_5731.jpg
ここは「おはらい町」と呼ばれるエリア。

IMG_5734.jpg
レトロな雰囲気の町並みが続いています。

IMG_5756.jpg
いきなり五十鈴川カフェに立ち寄り。

IMG_5747.jpg
五十鈴川沿いに建つ眺めのいいカフェです。
向こうに新橋が見える。

IMG_5740.jpg
モーニングで腹ごしらえを… ^^
ちなみに500円です。

IMG_5757.jpg
ここに小さな祠がある。楓神社です。その前に白い石が山盛り入った樽が。
平成25年の式年遷宮の「御白石持行事」に向けての準備のようです。

IMG_5762.jpg
その横にかかる新橋からの眺め。
右の緑が楓神社で、2軒先が先ほどの五十鈴川カフェがある建物。

IMG_5767.jpg
この川が五十鈴川です。

IMG_5766.jpg
で、橋の袂にあるのが赤福本店。

IMG_5768.jpg
創業は宝永4年(1707)だとか。約300年ですね。

IMG_5772.jpg
いつも店内は賑わっていますが朝の5時から開いていますので、ゆっくりしたい方は早朝参拝の後に立ち寄るのはいかがでしょう。私も何度か朝に行ったことがありますがほとんど貸し切り状態ですよ ^^

IMG_5779.jpg
さて、その向かいにあるおかげ横丁。

IMG_5774.jpg
おかげ横町は赤福の先代の社長・濱田 益嗣(はまだますたね)氏が行政の支援を受けず作り上げた観光施設。

IMG_5780.jpg
とにかくうまそうなもんがいっぱいある。

IMG_5781.jpg
お伊勢参りをするほとんどの観光客がここを訪れているのではないでしょうか。

IMG_5784.jpg
演出も夏らしくていいな~

IMG_5782.jpg
この時間、観光客はまだまばらですが、お昼頃になるとすごい状態になります。

さて、
おかげ横丁の中におかげ座という歴史館があります。
IMG_5788.jpg
ここでは、江戸時代のお蔭参りのことをわかりやすく学ぶことができる。
お蔭参りとは江戸時代にほぼ60年周期に数回起こった大規模集団参詣のことで、慶安3年(1650)、宝永2年(1705)、明和8年(1771)、文政13年(1830)、慶応3年(1867)が記録に残っている。

IMG_5792.jpg
特に文政13年のお蔭参りは約500万人が参詣したといわれ、当時の日本の人口が約3000万人なので6人に1人が伊勢に訪れたことになる。お金はどうしたんだろうと思いますよね。実はこれらの年は、お金が無くてもお参りができたそうです。

IMG_5804.jpg
当時、江戸から伊勢までは片道14~5日程度、大阪からは5日程度かかったそうで、笠や柄杓、まるめたゴザなどを持っていればお伊勢参りだということがわかり沿道で施しを受ける事ができたのだとか。

IMG_5801.jpg
さらに、奉公人や子供が主人や親に無断で参詣した「抜け参り」といわれる現象も起きたようで、

IMG_5795.jpg
犬が伊勢参りをしたという記録も各地に残っているそうです。

IMG_5799.jpg
ところで、このジオラマにある万金丹の文字。
解毒・気付けの薬で伊勢みやげの代表的なものだったとか。
検索すると「鼻くそ丸めて萬金丹 それをのむ奴ァあんぽんたん」というフレーズが出てきたけど、そんなのが流行ったのですね…

IMG_5816.jpg
お伊勢参りの歴史でもうひとつ知っておきたいのが遊郭のこと。

IMG_5827.jpg
古市は江戸の吉原、京都の島原と並ぶ三大遊廓のひとつに数えられていました。

さて、再び古市街道へ。

IMG_5964.jpg
こちらは普通の散髪屋さん。

IMG_5961.jpg
床のモザイクタイルが昭和チックでええ感じでした。

IMG_5967.jpg
こちらは神宮道場。
神宮司庁の旧庁舎で、現在は神職を志す人の研修施設です。

IMG_5974.jpg
かつては明治天皇の行在所としても使われていたのだとか。

IMG_5981.jpg
とても立派な建物ですが、文化財とかではないっぽいですね。

IMG_5983.jpg
その前にある建物はお寺のように見えますが、神宮祭主職舎です。

IMG_5987.jpg
本館は、明治初期に廃寺となった旧慶光院の客殿で国の重要文化財です。

さてさて、伊勢シリーズはあと3~4回続くかもです。
来年は20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮なので、
伊勢に興味が湧いてきた今日この頃です。



より大きな地図で 古市参宮街道 を表示

(関連記事)
伊勢古市参宮街道を歩く(1)お蔭参りとおかげ横丁2012.06.13
伊勢古市参宮街道を歩く(2)古市遊郭の歴史2012.06.16
伊勢古市参宮街道を歩く(3)寂照寺と麻吉旅館2012.06.18


ポチッと、応援よろしく♪
bahiru_wink3.gif