2007年
11月06日
(火曜日)
中津三丁目の夕日
ALWAYS-中津三丁目の夕日
阪急の中津駅を降りて、少し東の方面に歩くと商店街の入り口が見えます。そこが中津商店街です。細い一本道の商店街です。薄暗く、シャッターが下りている店もあり、決してにぎやかな商店街とはいえません。しかし、NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」のロケにも使われている下町人情が残る商店街なのです。
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この商店街を取り囲むように、長屋などの家々が建てられ、迷路のような町並みが形成されています。この辺りが中津三丁目です。文化財的な建物があるわけではないのですが、私たちが子供時代を過ごした昭和の町がよく残されています。歩いているとすごく懐かしくなりました。朝に散策したので、人通りが少なかったのですが、夕方子供たちが学校から帰る時間に歩くと、まさに「三丁目の夕日」そのままな感じがすると思います。ここは、大阪庶民の文化遺産です。

中津商店街の入り口

散策した日は撮影が行われていました。エキストラやスタッフの方々が十数人いて、たぶん「ちりとてちん」だと思いますが、邪魔をしないようにスタスタと通り過ぎました。これは別の日に撮影した写真です。

こんな普通の町並みがなくなりました。子供が向こうから走ってきそうです。

昔は子供たちがここを走り回っていたのだと思います。

大人の目線と子供の目線は風景が違って見えるものです。少し子供目線で撮影してみました。

格子のある民家がありました。年配の方がスケッチをされていました。

この場所は洗濯物を干すには抜群の場所です。

二階の木製のベランダがいいです。

久しぶりにみました。昭和の懐かしいゴミ箱。この町では現役でがんばっています。

井戸らしきものを発見。たぶん井戸ですよね。

めずらしい荷車も発見。つい最近まで使われていた感じがします。

年季の入った自転車も発見。これは現役です。

「おじゃましてます。」と縄張りの主にご挨拶!

匂いをくんくんされてから、擦り寄って来ました。一応、お許しをいただいたようです。

お地蔵さんの跡のようです。どこにいかれたのでしょうか。
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阪急の中津駅を降りて、少し東の方面に歩くと商店街の入り口が見えます。そこが中津商店街です。細い一本道の商店街です。薄暗く、シャッターが下りている店もあり、決してにぎやかな商店街とはいえません。しかし、NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」のロケにも使われている下町人情が残る商店街なのです。
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この商店街を取り囲むように、長屋などの家々が建てられ、迷路のような町並みが形成されています。この辺りが中津三丁目です。文化財的な建物があるわけではないのですが、私たちが子供時代を過ごした昭和の町がよく残されています。歩いているとすごく懐かしくなりました。朝に散策したので、人通りが少なかったのですが、夕方子供たちが学校から帰る時間に歩くと、まさに「三丁目の夕日」そのままな感じがすると思います。ここは、大阪庶民の文化遺産です。

中津商店街の入り口

散策した日は撮影が行われていました。エキストラやスタッフの方々が十数人いて、たぶん「ちりとてちん」だと思いますが、邪魔をしないようにスタスタと通り過ぎました。これは別の日に撮影した写真です。

こんな普通の町並みがなくなりました。子供が向こうから走ってきそうです。

昔は子供たちがここを走り回っていたのだと思います。

大人の目線と子供の目線は風景が違って見えるものです。少し子供目線で撮影してみました。

格子のある民家がありました。年配の方がスケッチをされていました。

この場所は洗濯物を干すには抜群の場所です。

二階の木製のベランダがいいです。

久しぶりにみました。昭和の懐かしいゴミ箱。この町では現役でがんばっています。

井戸らしきものを発見。たぶん井戸ですよね。

めずらしい荷車も発見。つい最近まで使われていた感じがします。

年季の入った自転車も発見。これは現役です。

「おじゃましてます。」と縄張りの主にご挨拶!

匂いをくんくんされてから、擦り寄って来ました。一応、お許しをいただいたようです。

お地蔵さんの跡のようです。どこにいかれたのでしょうか。
2007年
11月04日
(日曜日)
中津と十三の深い関係
中津と十三の深い関係。
十三という地名は元々旧中津川の南岸、成小路村の一集落の地名でした。
摂津国西成郡中津町大字成小路字十三、ちょうど鷺島神社があった辺りが元の十三地域です。
明治31年から42年にかけて淀川改良工事が行われ、成小路は中津地区から引き離されました。十三の集落も河川敷の下に消えてしまったのです。その後、明治43年、新淀川の北岸に箕面有馬電気軌道が駅を設置、その駅名を「十三」とし、十三の名前が地図上に残りました。
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中津にある富島神社は、創立当初は午頭天王社(ごづてんのうしゃ)と称していました。明治に入って、利島神社に改称、明治41年、神社合祀令に伴い、豊崎の春日神社と光立寺の天満宮を、明治42年、成小路の鷺島神社と塚本の八阪神社を合祀しました。明治43年、富島神社と改称、現在に至ります。昭和39年、八阪神社を分離しています。これは、塚本地区の神社復興のためです(9月18日のブログ参照)。現在も、新北野地区や十三東地区は富島神社の氏子地域になっています。
鷺島神社が富島神社に合祀された後、成小路に富島神社の御旅所が造られました。「大松っさん」の愛称で親しまれ信仰をあつめていたようです。イラストマップを見ると、夏祭り時に橋を渡る行事が行われていたようですが、詳細は不明です。御旅所は戦後、都市計画により宮地の一部を接収され、代替地で神社再建の時を待つことになります。後に成小路神社になります(9月24日のブログ参照)。

「思い出の十三 イラストマップ」 唯一、十三以外のことが描かれているのが、中津の富島神社です。お神輿が描かれており、お渡りと書かれています。御旅所から来たのか、御旅所へ向かうのかは不明。

「思い出の十三 イラストマップ」馬に乗って川向こうの富島神社に向かうのでしょうか。

改良工事前の明治18年の地図。工事によって中津町のかなりの集落が川や河川敷の下に沈んでしまいました。

富島神社

富島神社の拝殿

御神木の立派なクスノキ

なんと樹齢650年だそうです。神社の創立が足利時代なので、その時代からずっとこの地にあったのでしょうか。

十三思昔会 記念碑。淀川改良工事により川に沈んでしまった旧十三町民の方々が建てた石碑。昔の十三の地を思う気持ちを、この碑にこめているのだと思います。

カンテ・グランデ。緑がとってもきれいだったので紹介しました。店内もとっても素敵なお店です。超有名店なので、くわしくは他のブログでお楽しみください。(笑)

カンテ・グランデと富島神社。花とグリーンが続いていて蝶の通り道になっていました。
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十三という地名は元々旧中津川の南岸、成小路村の一集落の地名でした。
摂津国西成郡中津町大字成小路字十三、ちょうど鷺島神社があった辺りが元の十三地域です。
明治31年から42年にかけて淀川改良工事が行われ、成小路は中津地区から引き離されました。十三の集落も河川敷の下に消えてしまったのです。その後、明治43年、新淀川の北岸に箕面有馬電気軌道が駅を設置、その駅名を「十三」とし、十三の名前が地図上に残りました。
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中津にある富島神社は、創立当初は午頭天王社(ごづてんのうしゃ)と称していました。明治に入って、利島神社に改称、明治41年、神社合祀令に伴い、豊崎の春日神社と光立寺の天満宮を、明治42年、成小路の鷺島神社と塚本の八阪神社を合祀しました。明治43年、富島神社と改称、現在に至ります。昭和39年、八阪神社を分離しています。これは、塚本地区の神社復興のためです(9月18日のブログ参照)。現在も、新北野地区や十三東地区は富島神社の氏子地域になっています。
鷺島神社が富島神社に合祀された後、成小路に富島神社の御旅所が造られました。「大松っさん」の愛称で親しまれ信仰をあつめていたようです。イラストマップを見ると、夏祭り時に橋を渡る行事が行われていたようですが、詳細は不明です。御旅所は戦後、都市計画により宮地の一部を接収され、代替地で神社再建の時を待つことになります。後に成小路神社になります(9月24日のブログ参照)。

「思い出の十三 イラストマップ」 唯一、十三以外のことが描かれているのが、中津の富島神社です。お神輿が描かれており、お渡りと書かれています。御旅所から来たのか、御旅所へ向かうのかは不明。

「思い出の十三 イラストマップ」馬に乗って川向こうの富島神社に向かうのでしょうか。

改良工事前の明治18年の地図。工事によって中津町のかなりの集落が川や河川敷の下に沈んでしまいました。

富島神社

富島神社の拝殿

御神木の立派なクスノキ

なんと樹齢650年だそうです。神社の創立が足利時代なので、その時代からずっとこの地にあったのでしょうか。

十三思昔会 記念碑。淀川改良工事により川に沈んでしまった旧十三町民の方々が建てた石碑。昔の十三の地を思う気持ちを、この碑にこめているのだと思います。

カンテ・グランデ。緑がとってもきれいだったので紹介しました。店内もとっても素敵なお店です。超有名店なので、くわしくは他のブログでお楽しみください。(笑)

カンテ・グランデと富島神社。花とグリーンが続いていて蝶の通り道になっていました。
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