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淡路島洲本の絶景

2009年10月03日 09:00

淡路島・洲本城からの絶景

先日、両親と家族旅行をした時に、初めて洲本城に登りました。
淡路島出身の母親も初めて登ったそうですが、なかなかの絶景でした。

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ここが洲本八景の一番目、洲本の町が一望できる場所です。

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おおっ、すばらしい眺め。
海岸沿いの松林は大浜海岸。夏は昔から海水浴客で賑わっていました。

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ここは旧洲本港です。高速艇で何回も来たところ。
大きなターミナルビルになって、ずいぶん変わっちゃったなぁ…。

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このレンガ造りの建物は旧鐘紡の工場跡。
奥が図書館、手前がレストランとして再利用されています。
昔は塀の向こうにこんな建物があったなんて全然わからなかった。

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ここは手前の建物で「淡路ごちそう館 御食国」
あの有名な「Mのランチ」でも紹介されてました。
僕達は淡路牛丼を食べた。淡路島では牛丼プロジェクトというのが行われてるのだ。

さて、
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ここが洲本城。天守閣の中は実は何もない展望台です。

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広場には茶店もありました。ちょっとエエ感じ。

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茶店の前に大きな木があって、その根元に観音さんが祀られています。

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昔からここにあるのかな?

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その横に祠があるのですが、狸が祀られていました。

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関心のある方はこちらを読んでみてください。
なんでもここに住んでいた芝右衛門という名の狸が
大阪まで芝居を見に行って、犬に噛まれて…

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なぜこれを紹介したかというと、なんと藤山寛美さんが
昭和63年にこの幕を奉納しているんですよ。 なぜ???

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天守閣の広場を下りて、反対側の展望台から和歌山方面を見ています。
ここが紀淡海峡。左の島は友ヶ島です。

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友ヶ島には戦時中の遺構がたくさん残っています。
白い灯台も見えますね

↓びんみんさんのレポートです。

『友ヶ島上陸(和歌山市)』 日常旅行日記
『友ヶ島第2砲台跡(和歌山市)』 日常旅行日記
『友ヶ島灯台と第1砲台跡(和歌山市)』 日常旅行日記
『友ヶ島第5砲台跡と展望台(和歌山市)』 日常旅行日記
『友ヶ島第3砲台跡(和歌山市)』 日常旅行日記


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今回の淡路島は父親の古希のお祝いの旅行でした。
子供の時以来、何十年ぶりかでホテルニューアワジに泊まった。
部屋から見る日の出、とても綺麗でしたよ。



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昭和が残る淡路島・岩屋

2009年08月18日 07:30

淡路島・岩屋に昭和が残ってた。

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たこフェリーの岩屋港のりばのすぐ近くに岩屋商店街があります。
昔の旧道なのでしょうか、昔ながらの商店が並んでいました。

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入口の角に床屋さんがありました。その横に赤ポストが。
まったく違和感なし。気付かずに通り過ぎちゃいそう^^

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床屋さんのお隣のお店は何かな?

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大きな円形のノコギリ。氷屋さんですね。

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おっ、銭湯だ。扇温泉です。
「温泉」の文字、昔は「泉温」だったのかな。

あっ、そうか! 扇の形になってるんだ。

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隣はソフトクリーム、アイスクリームショップ、エンゼル。エエ感じや。

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こちらは喫茶コイン。

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ここは八百屋さんかな。

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こちらは荒物屋さん。

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こんな張り紙がありました。なんと創業が大正8年です。
すごいなぁ。

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こっちは食料品屋さん。

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隣はタバコ屋さん。

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パチンコもありました。コンドルの書体がエエ感じ。

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ちょうどお盆だったからかな、灯篭が吊り下げられていました。

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たまたまなのか、お盆だからなのか、

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とても静かな商店街です。
明らかに時間の流れ方かゆっくりしてる。

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商店街の横は細い路地が何本もあって、それを進むと高台に続きます。

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高雄山観音寺からの眺めです。気分転換にいい場所ですよ。
さらにこの上には鳥の山展望台があります。

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これはフェリー乗り場にあったカップヌードルの自動販売機。
このデザイン、懐かしい。
でもなぜがカップヌードルではなくどん兵衛が出てくるみたい。

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ここにどん兵衛入るのかな?

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その横にも何やら見覚えのある坊やが。

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明治牛乳のキャラクターですね。
名前ってあるのかな?


(関連記事)
がんばれ!たこフェリー2009.8.17
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がんばれ!たこフェリー

2009年08月17日 07:30

がんばれ!たこフェリー

本州と淡路島を結ぶ唯一のフェリー、
そう、みなさんご存知のたこフェリーが存亡の危機に直面しています。

『「たこフェリー」が船員大量退職で減便へ 高速料金値下げで打撃』
 産経ニュース

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そもそも「たこフェリー」とは明石と淡路島の岩屋を結ぶフェリーで
所要時間約20分と距離も運行時間も短いフェリーです。
もちろん人だけでも乗れるので、通勤で利用されている方もいらっしゃいます。

ところが、
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明石海峡大橋の通行料値下げが始まった3月下旬頃から利用台数が減りだし、
高速道路の「休日一律1000円」が追い討ちをかけ、利用客が激減しているのです。

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普通車で2050円。決して高くないんだけど、比べちゃうと…

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この日はお盆だからなのか明石方面へ行く車はガラガラ。

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今年6月に会社は従業員に対して、年間給与の20~25%削減を打ち出しました。
それにより船員45人のうち15人が退職願いを出す事態に。

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現在は便数を減らし、64便あったものを48便で運行しています。
8月はおそらく増便しており、明石港発が29便、岩屋港発が28便で運行していました。
(2009年8月15日現在)

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あっ、そろそろ出発ですね。

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フェリーのハッチが閉まります。

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上の扉も閉まって、出発です。

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ハッチがあるのが後ろかと思いきや…

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ここでUターンします。

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あさしお丸の全景。

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でっかいタコ。と…

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チビたこ。

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明石海峡大橋の下をくぐって行きます。

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行ってしまうとなんか寂しい…。

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ちなみに正面の塔は明石市立天文科学館。
東経135度の日本標準時子午線の真上に建っています。学校で習いましたよね。

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フェリー乗り場は2ヶ所あるんですけど、奥の方しか使っていない感じでした。

明石海峡大橋が出来る前は須磨~大磯間のフェリーをよく利用してました。
お盆明けに大阪に帰る時は、大磯港で5~6時間待つのは当たり前でした。
それが橋が架かると大阪市内から1時間半で淡路島の洲本まで行けてしまいます。
便利になりました。
でも昔は時間はかかったけど、それはそれでよかった。
便利になっていく影で良いものがどんどんなくなっていきます。
たこフェリーはなくなって欲しくない。
お時間がある時に一度たこフェリーに乗ってみてはいかがでしょう。
人だけなら片道380円です。
岩屋にはいいものが残ってますよ。

で、次回の予告。
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たこフェリーの乗り場近くに岩屋商店街というのがあります。
なにやら昭和の匂いがプンプンしてる。
電柱の裏に赤ポストが隠れてますよ^^


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1995年を忘れない。野島断層保存館

2009年05月11日 09:30

野島断層保存館(北淡町震災記念公園)

阪神・淡路大震災からもう14年も経つんですね。私たちがよく行っている郡家の町も被害が大きく、古い建物はほとんど残っていません。子供達は阪神・淡路大震災を知らない世代。社会勉強もかねて、甥っ子達も連れて野島断層保存館に行ってきました。

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野島断層保存館は、地震で地表に現れた地震断層を当時のまま保存している場所です。

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これはパンフレットの表紙。当時の状況がよくわかる写真です。
地震断層は手前の道路から向こうの民家までが保存されています。

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地割れの部分に、建物が覆いかぶさっていると言った方がわかりやすいかもしれません。
お堂もそのままの場所にあります。
保存されているのは約140メートルの区間ですが、
当時姿を現した地震断層は10kmも続いていました。

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館内に入ると、「すごい」の一言。
当時の道路や生け垣がそのままです。
生け垣の所は光が入ってくるようになってるんですよ。

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平成10年にこの施設が完成し、その年に国の天然記念物に指定されました。

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この写真は断層の移動がよくわかります。
オレンジと青の印の凸凹のズレがわかりますよね。
上に約50cm、横方向に約130cmもずれています。
手前は元のままで、向こう側がせりあがりました。
約10秒間の出来事です。

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こちらはその断面。
左の地面は元のまま、右の地面が押しあがっています。
このズレが地下深くまで続いています。
すごいエネルギーです。

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この断層の延長線上に民家があり、そこも当時のまま保存されています。

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この家が当時のまま保存されているメモリアルハウスです。
断層の上に建っていたにも関わらず、構造が丈夫だったため
その後4年間も住人の方が住んでおられたそうです。
断層が盛り上がっているのがわかるでしょうか。

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台所では当時の様子を再現していました。
再現とはいえ、ちょっとショッキング。あの日を思い出してしまいます。

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庭に赤い印が3つ立っています。このラインが断層。
向こうの保存館の延長線上です。
ラインの右側が持ち上がったわけです。
この家もとても貴重な資料です。

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ここには長田地区にあった「神戸の壁」も移設されていました。

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「神戸の壁」とは、神戸市長田区の若松市場に防火壁として昭和2年に建てられ、昭和20年の神戸大空襲でも倒壊を免れ、阪神・淡路大震災でも倒壊せず、震災の傷跡を伝えるシンボルになっていました。ニュース映像でもこの壁はよく見ました。

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ここに来ると、子供達も真剣に見入っていました。
子供だけではなく、大人も勉強になります。

とても貴重な体験ができる場所です。
あの日を忘れないためにも
機会があればぜひお立ち寄りください。



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淡路特集は今回でとりあえず終わりです。
次回からまた大阪の記事を書いていく予定。
読んでいただいてありがとうございました^^


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洲本バスターミナル~洲本港

2009年05月08日 09:15

おもひでぽろぽろ
洲本バスターミナル~洲本港


僕の初めての一人旅は淡路島でした。中1だったかな。神戸港から洲本港まで高速艇に乗ってそこからバスで…。当時は田舎の家に着くのに待ち時間も合わせて5~6時間かかったと思います。しかし、いつしかフェリーで行くようになり、洲本港にはほとんど行かなくなりました。
あの懐かしい場所はどうなっているんだろう?
洲本バスターミナルから洲本港まで約30年ぶりに歩いてみました。

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ここは旧洲本バスターミナル。
まだあってよかった。(TmT)ウゥゥ・・・

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でも、中は真っ暗。

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バスターミナルとしては、もう利用されていないようです。

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でも、残っていてうれしい。
(T△T)

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物心ついた頃から、夏休みは必ずここでバスが来るのを待っていました。

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おおっ、のりば案内も残っていた。いつも湊行きに乗っていたのです。

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当時バスは1時間に1本あるかないかだったと思います。
ここで1時間くらい待つのが普通でした。
今でもよく覚えているのは、バスの中で1人出発を待っていた時、
FMラジオが流れていて、ビリージョエルのストレンジャーがかかったんです。
「この曲、ええな」
それが僕が洋楽にはまっていくきっかけでした。
「ダイアトーン ポップスベストテン」だったかな。
今でもその時の情景をよく覚えています。


音楽オンリーです。音質良好。



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ところで、淡路島に電車が走っていたことをご存知ですか?
淡路交通の前身は淡路鉄道なんです。

『淡路交通・島の電車』
 淡路交通
『消えた島の鉄道』
『淡路交通 消えた唯一の島の鉄道』

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ここは洲本駅の跡なんですね。
昭和41年に鉄道がなくなりました。もちろん私も知らない時代です。

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で、ここでバスを待っている時に、向いにレンガ塀があって何か大きな工場があったのをよく覚えています。

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当時は塀の向こうで見えなかったのですが、カネボウ紡績工場がここにあったのです。今はレンガの建物を利用して、「淡路ごちそう館」「洲本市図書館」などに衣替えをしています。

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ターミナル前もずいぶん寂れてしまいました。さみしいな。

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覚えてないけど、この建物は当時のまんまですよね。

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古い地図を見ると、この辺りが一番賑やかだった頃が想像できます。

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港の方に歩いてみました。閉まってる店が多いな。GWだからかな。
この辺に母親が高校時代に下宿していた家があったんだけど、なくなっちゃったかな。

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なんか、メッチャ懐かしいお店。この前の道は子供の頃から何十回と通っているので、きっとそのときからあったお店です。覚えていないけどうれしい。(T△T)

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ここは覚えてる!
この釣り具屋の前もいつも通っていました。子供の頃から釣りは好きだったので、よく覚えてる!

でも、この辺りはえらい変わってしまった。
なんか無性に寂しくなってしまいました。

これって年齢のせい?… (T_T)

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ここは洲本港。

( ̄Д ̄;) ガーン

全然違う!

まったく違う!


ヨットハーバーになってしもてる…。

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まぁ30年も経てば、そらいろいろ変わりますよね。
懐かしさ半分、寂しさ半分の場所でした。


懐かしい場所に行ってみようかな と思われた方はクリック!
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(追記)
sumotoko.jpg
大学の頃に撮った写真が出てきました。
1986~7年頃の洲本港です。
なぜか白黒フィルムで撮っています。
ネガからスキャンしました。
カメラはおそらくミノルタα9000。中古で買ったカメラです。
レンズがたぶんシグマの24ミリ。
オートフォーカスでなく、フォーカスエイドです。
この頃からだんだん淡路島に行かなくなりました。