レコードが捨てれない

2009年11月07日 18:30

捨てれないレコードたち。

今、マイケルの映画 『 THIS IS IT 』 が期間限定で上映されていますね。
期間が延長されたようなので、やっぱり行こうかな…と思っています。
マイケルはメチャ好きでした。でも、スリラーの大ヒット以降なぜか少しずつ冷めていきました。

そういえば、LPのレコードあったよなぁ…

で、実家に眠ってるレコードを久しぶりに引っ張りだしてきました。
実に20数年ぶり…

IMG_8290.jpg
出てきた出てきた♪
マイケル・ジャクソン から さだまさし まで… ^^;

DSC03708.jpg
僕が最初に買ったマイケルのアルバムはこれ。
『オフ・ザ・ウォール』。
当時中学生だった僕は、毎週日曜日午後6時から放送されていた
NHK−FMの「リクエスト・アワー」を欠かさずエアチェックしてました。
DJは石田豊さん。全米ビルボードチャートに上ってきた10曲を
イントロから最後まで流していました。

DSC03701_20091107153552.jpg
で、『Don't Stop 'Til You Get Enough(今夜はドント・ストップ)』を聞いて
好きになり、そこから立て続けにヒット曲が続き、マイケルが好きになっていったんです。
でも、『BAD』を聴いてから少しずつ離れていきました。

DSC03713.jpg
僕が最初に洋楽が好きになったのはビリージョエルの『ストレンジャー』。
この曲はアメリカでシングルカットされなかったけど、
日本ではシングルになったのでラジオでよく流れていました。



DSC03721.jpg
後は、「ELO」や「アースウィンド&ファイアー」、「ケニーロジャース」なんかも
アルバムを何枚も買っています。高校時代は映画にもはまったので
「ゴッドファーザー」なんてのも買っていました。

DSC03692.jpg
こんなのも買ってたな。
エド・はるみの後ろで流れている曲、『マイ・シャローナ』。
この時はビートルズの再来か!って言われてたんだけど…^^;

DSC03725.jpg
でも一番好きだったのはこの人かな。
ブルース・スプリングスティーン!
1985年に大阪城ホールに来た時は行きました。


ただ、もちろん洋楽だけではないです。
DSC03690.jpg
洋楽を聴く前は「さだまさし」です!
恥ずかしくないぞ!!
ばんばんの『 「いちご白書」をもう一度 』も買ってた。

DSC03731.jpg
この『親父の一番長い日』は名曲だ!
シングルなのに12分もあるのでLPサイズでした。



DSC03694.jpg
アリスも好きでした。
谷村新司とばんばんの金曜日のヤンタンもよう聴いてた…^^

DSC03714.jpg
こんなおしゃれなヤツも買ってた。
大瀧詠一の『A LONG VACATION』。


で、ここからが嫁さんちのレコード。
先日、お母さんが捨てようとしていたので、もらいました。

DSC03671.jpg
ももえちゃん!



DSC03667.jpg
リンリン・ランラン。
『恋のパッコンNo.1』。最強のタイトルだ!

DSC03652.jpg
浅野ゆう子さん。中学生です。

DSC03646.jpg
『黒ネコのタンゴ』!
これ、すごい!


(おまけ)
DSC03745.jpg
こんな本も出てきた。
同世代でも聴いていた人は少なかったかも…。
毎週日曜日深夜0:00〜2:30頃までラジオ大阪で放送されていた「ぬかるみの世界」。
僕はどっぷりぬかる民でした。



ポチッと、応援よろしく♪
banner_22.gif

西行と江口の君堂

2009年11月05日 08:00

西行と江口の君堂

江口の君堂に行ったのは今年の春です。

DSC05579.jpg
それが今日までなぜ記事にしなかったかというと、
この話しが平安時代と、めちゃ古いこともあって、簡単に説明しにくかったからです。
本題に入る前に、時代背景と西行法師の説明を簡単にしておきます。

DSC05618.jpg
この 江口の君堂 こと 寂光寺 が有名になったのは
西行法師 遊女 との歌問答が有名になったからです。

DSC03524.jpg
西行(1118〜1190)は、出家僧でありながら諸国を渡り歩いた歌人でもあります。
新古今和歌集に94首も載っている大歌人で、家柄もよく、
祖先は藤原鎌足という武士の家系、頭がよく、武士としての技量も一流で、
なおかつ容姿端麗だったとか。
しかし、22歳という若さで妻子を捨てて出家の道に進みました。

DSC05599.jpg
ちなみにこの時代、まだ大阪という名前がありません。
渡辺綱(わたなべのつな)が渡辺氏を起こし、
その子孫が「渡辺党」という水軍も兼ねた武士集団を結成し、
大阪湾岸や淀川を勢力圏として仕切っていた時代です。
( この辺がややこしい…^^; )

kawae.jpg
そんな時代の 江口 はというと、
淀川本流と神崎川とが分かれる場所に位置していたことから、
水上交通の要衝としてかなり賑わっていたそうで、
神崎(尼崎)、蟹島(加島)と並ぶ歓楽街、 遊女の里 として栄えました。


さて、ここからやっと本題です ^^;
DSC05632.jpg
時は1167年の平安時代末期、西行法師は天王寺へ参詣する途中、この地を訪れます。
しかし、あいにくの雨。
次第に雨脚が激しくなり、とある粗末な家の戸をたたきました。

DSC05583.jpg

中から出てきた女性は、西行の姿を見て家の中に入れようとしませんでした。

世の中をいとふまでこそ
かたからめ 
仮のやどりをおしむ君かな


( ※ この世の執着を捨てることはあなたにとって難しいでしょうが、
雨宿りもだめだとはあなたは意地悪な人だ )

それに対し、女性のほほえんで

世をいとふ人としきけば 
仮のやどに 
心とむなとおもばかりぞ


( ※ あなたはこの世の執着を捨て出家された方、
一時的であれこんな粗末な家に心とどめるようなことを
なさいませんようにと思ったのです )

※新之介解釈
※歌は東淀川区史より。
ネットで見ると同じ歌が漢字のありなしでいろいろ出てきますね。
ひらがなが読みやすいのでこれにしました。


DSC05604.jpg

この女性は西行に対して、出家したことへの厳しさや覚悟を改めて認識させたのです。
女性は 遊女妙(ゆうじょたえ)として「新古今和歌集」にも出ています。
当時、江口の遊女は都の公卿や貴族と接する機会が多かったようで、
文化レベルの高い人が多かったのかもしれませんね。

DSC05609.jpg
その後、彼女は出家し80歳という高齢で亡くなりました。

DSC05588.jpg
弟子の尼僧たちが、寺の名前を宝林山 寂光寺 と命名しますが戦乱期に消失、
その後、正徳年間(1711〜1716)に再興され現在にいたります。

DSC05578.jpg
本堂はその頃のものでしょうか。こちらは代々尼僧が住持されているそうです。

DSC05572.jpg
境内に古い石造が集められていました。

DSC05638.jpg
とても歴史を感じるお寺です。
でも、840年も前のお話なのでいまいちピンとこないですよね。

今の時代だと 「玄関の前でいったい何やっとんねん!」 って
突っ込みたくなりますが、まあ、何かで 西行 が出てきたら
江口の里のことを少しだけ思い出してもらえるとうれしいです。


より大きな地図で 江口の里 を表示


追伸
最後まで読んでくれてありがとう。
今回の記事に関心も持ってもらえる方は少ないかもしれないな…
でも、とても有名な話なので、できるだけわかりやすくしたつもりです。
新古今和歌集がちょっとだけ身近に感じれたらいいんだけど… ^^


ポチッと、応援よろしく♪
banner_22.gif