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ひょうたん形の双円墳・金山古墳

2014年10月25日 17:00

かわいい古墳

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古墳の形に一目惚れし、絶対に見に行きたいと思っていた南河内郡河南町にある金山(かなやま)古墳。

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数年前に整備されて形がきれいに整い、なんといっても形がかわいい。

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上から見ると、大小の円墳が2つ重なったひょうたん形をしているんです。このような形を双円墳といいます。

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これは整備される前の表示板。

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まわりは田んぼに囲まれたのどかな場所です。

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北丘といわれる小さい方の円墳が2段。

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向こうの大きい南丘は3段の円墳です。

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のぼってみましょう。

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北丘の手前に柵があるのですが、

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これは墓道を復元したものです。この先に石室があります。

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ここから石室の中がのぞける。

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入口はこんな感じ。

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中には家形石棺が2つあります。

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照明が設置されているのでよく見えます。

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北丘の上にのぼってみたました。向こうが南丘で、延長線上にある山は金剛山です。

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反対側にはあべのハルカスが見える。

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拡大すると古市古墳群も見えますね。

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更にズーム。ハルカスの左の山は六甲山です。季節によってはここに夕陽が沈んでいくのでしょう。

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古市古墳群も。

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南丘からです。とてもいい眺め。

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金山古墳の説明はこちらで。

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6世紀末から7世紀初頭に築かれた古墳のようで、葺石(ふきいし)はごく一部にしかなかったようです。

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発掘調査時の写真。

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発掘調査時の古墳全体。この時からひょうたんの形をしている。

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発掘調査される前は畑だったようです。

国土地理院より】←最初に「同意する」を押すと日本地図がでます。それを一旦とじて再びこのリンクを押すと航空写真が現れます。
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ちなみに昭和60年の航空写真です。

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駐車場が横にあるので車が便利ですが、近鉄「富田林」駅からバスを利用しても行けます。まわりには何もありませんが、とてもいい古墳です。おすすめ。

(関連サイト)「河南町ホームページ


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八尾の心合寺山古墳(しおんじやまこふん)

2014年10月13日 15:45

生駒山地の麓にある
前方後円墳が素敵だ


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中河内(なかかわち)最大の古墳が八尾市にある心合寺山古墳(しおんじやまこふん)です。近年復元され周辺も整備されたようなので行ってきました。ただ、この日はあいにくの天気。今にも雨が降りそうな天気だったので駆け足で見てきました。

(カシミール3Dで作成した地形図に、日下雅義氏の「6~7世紀ころの摂津・河内・和泉の景観」と近江俊秀氏の「壬申の乱のころの大和・河内の道路網」の図を重ね合わせたものです。)
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この図は6~7世紀頃の地形図です。河内湖が、淀川や大和川から流れてくる土砂の堆積により陸地化が進み、沼地が広がっていた時代です。心合寺山古墳の築造は5世紀初頭といわれていますが、その時代に生駒山地の麓エリアを支配していた豪族の墓だと考えられます。

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古墳にのぼってみましょうか。

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後円部が、芝と葺石で分かれているのが特徴的ですね。ちなみに「しんごじ」とは、飛鳥時代に近くに建立された心合寺(しんごうじ)からきているそうです。

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このへんで、ポツリと雨つぶが…

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やばい、アプリで見たら10分後には大雨が来そう。

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心合寺山古墳の解説板です。

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前方部を見上げたところ。3段になっている。

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ここに解説板がありました。

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ここにひとつだけ円筒埴輪があったようです。なんでだろう?面白い。

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2段目。

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そして上にのぼってきました。

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これは何だろう?

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「方形壇(ほうけいだん)」というもので、下に埋葬施設があり、祭祀場でもあったようですね。

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後円部へつづく前方部墳頂。ゆるやかに傾斜しています。

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円筒埴輪や朝顔形埴輪、蓋形埴輪(きぬがさがたはにわ)をのせた円筒埴輪の配列は、当時を再現しているそうです。

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いいアングル。晴れた日にまた来たい。
素敵な古墳だ!

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後円部墳頂。

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埋葬施設が3基あったようですね。

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木棺からは、短甲(たんこう)、胄(かぶと)、き鳳鏡(ほうきょう)、針、勾玉(まがたま)、管玉(くだたま)、竪櫛(たてぐし)、三葉環頭太刀(さんようかんとうたち)、刀剣類(けんとうるい)などの副葬品が出土しています。

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西側の眺め。

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向こうにあべのハルカスが見えますね。古墳時代は、西側一帯が沼地だったのでしょう。

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反対側には生駒山地。

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後円部から前方部を見たところ。

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晴れていたら古市古墳群が見えるはず。

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造り出しですね。

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この造り出しでも祭祀が行われていたのかもしれません。

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近くから鶏形埴輪や家形埴輪片が出土したそうです。

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くびれ部です。

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前方部と後円部のつなぎ目は、盛り土を行うのが難しい場所で、葺石で形を整えた痕跡のようなものがあるのだとか。

で、ここでタイムアウト。
この後、雨がザーっと降ってきました。
敷地内には八尾市立しおんじやま古墳学習館があってここで一休み。
ここには「ハニワこうてい」というキャラもいて、
情報発信には積極的でとても好感が持てます。
晴れた日にまた行ってみたい古墳です。



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